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竹林軒出張所

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『失われてゆく、我々の内なる細菌』(本)

失われてゆく、我々の内なる細菌
マーティン・J・ブレイザー著、山本太郎訳
みすず書房

論文調で読みづらいが
中身は充実


『失われてゆく、我々の内なる細菌』(本)_b0189364_751518.jpg 抗生物質のせいで、人間の消化管内にある細菌叢の生態系が壊れつつあり、これがアレルギー症、肥満、糖尿病、あげくには自閉症の原因になっているのではないかと主張する本。
 学者が書いた本らしく、注が詳細でさながら論文のようである。実際、著者の主張を裏付けるための実験も非常に細かく紹介されるなど、内容も論文を思わせる。ただあまりに論文調なので非常に読みづらい。実験を紹介してからその結論を紹介するような演繹的な記述が多いため、わかりにくい(ひいては読みにくい)箇所も多かった。おかげで読了するのに非常に時間がかかった。また翻訳文も流れが悪く、日本語の文章として読むには読みづらい。著者も訳者も学者であるため、正確性を期すためあまりに慎重になりすぎたのかも知れないが、これだけ読みづらいと我々一般人はなかなか最後までたどり着くことができない。
 本書の内容はかなり斬新で、従来の一般的な医学や生理学とは相容れない独創性がある。記述がかなりくどくなっているのは、新規な議論に説得力を持たせるためだろうとも思う。人間の体内の細菌をことごとく(まとめて)死滅させる抗生物質の問題点に加え、母親から子どもへの細菌の伝達を阻む帝王切開についても問題性を指摘している。あげくにピロリ菌も、胃潰瘍や胃がんの原因という捉え方ではなく、むしろピロリ菌がなくなったことがさまざまな病気の原因ではないかという見解である。
 抗生物質自体や、ヒトの中での微生物の役割にもページが割かれる(むしろこちらの方が面白かったが)など、入門書的な要素も持っていて、よく読者に配慮されたきわめて真摯でまじめな本であると感じる。人間の身体には、100兆個の微生物が棲んでいて、人間1人の体重のうち1.5kg分が微生物の重さという記述にも驚かされる。
 酪農や畜産業で、家畜の身体を大きくする目的で抗生物質が使われているという事実も紹介されている(これも驚き)。これは結果的に耐性菌を生み出すことにもつながる上、人間の体内の微生物を殺すことにつながっているとして強烈に異議を唱えている。そしてこういった細菌叢生態系(体内の微生物の集まり)の破壊をいかにして食い止めるかというそのロードマップまで示している。
 僕自身は、こういった体内の細菌の大切さを描いたドキュメンタリーをこれまで何度か見ているので新鮮さは比較的少なかったが、(僕を含む)一般人には珍しい情報が満載で、構成をしっかり練り上げた上で読みやすい文章にしていれば、一層良い本になったのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『あなたの体は9割が細菌(本)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (1)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (2)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『腸内フローラ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『わたしたちの体は寄生虫を欲している(本)』
竹林軒出張所『土と内臓 微生物がつくる世界(本)』
by chikurinken | 2016-11-15 07:51 |
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