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竹林軒出張所

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『全身小説家』(映画)

全身小説家(1994年・疾走プロダクション)
監督:原一男
撮影:原一男
出演:井上光晴、井上郁子、埴谷雄高、瀬戸内寂聴、野間宏(ドキュメンタリー)

井上と寂聴はかつて関係があったらしい

b0189364_2334066.jpg 小説家、井上光晴を追ったドキュメンタリー。監督の原一男はこれまでいろいろな人間を題材にしてドキュメンタリー映画を撮ることで、その人の人となりに迫るというアプローチを取ってきた。それは『ゆきゆきて、神軍(映画)』の奥崎謙三しかり、『極私的エロス・恋歌1974』の武田美由紀しかりで、監督自体がそういった個性に惹かれているせいか、かれらの人間性が実にうまく描かれる。それこそが原映画の特徴であり魅力である。
 その原一男が、奥崎謙三の次に関心を抱いたのがこの映画の井上光晴である。で、1987年から井上の日常を追っていたところ、やがて井上のガンが明るみに出て、結果的に井上の死に立ち会うことになった。結局、井上の死の前の5年間を映像で捉えたドキュメンタリーになったのだった。
 この井上光晴という人、取り巻きの信奉者がたくさんいて、その人たち相手に「文学伝習所」という名の講座を開いたりしているんだが、信奉者の中には井上に恋しているという女性も多く、人たらし(女たらし)井上光晴の面目躍如といったところである。だが端で見ていると、信奉者の女性の方たちも少々不気味ではあるが、井上の方もかなりうさんくさい。この人、小説家になっていなければ詐欺師にでもなってたんじゃないかという印象まで受ける。実際、この映画で判明するんだが、井上が過去語ってきた経歴はその多くが嘘で、ある意味彼は詐欺師だったのだった。井上の師匠格の埴谷雄高によると井上はかつて「嘘つきみっちゃん」と呼ばれていたらしい。経歴から何からすべてが彼の作った虚構で、虚構の中に生きているのが井上光晴だということが、映画が進んでいくうちに見えてくるのである。不寛容社会の今だったら経歴詐称ということですぐにつるし上げられて「炎上」したりするんだろうなどとふと感じた。
 そうやって人生をスイスイスーダララッタと生きてきた(ように見える)井上先生も、ガンが見つかると、やはり人の子で、少しでも長く生きたいと考え、生に執着してしまう。で、肝臓の切除手術を受け、さまざまな治療を受けた(おそらく抗癌剤治療も受けたんじゃないかと思う)が、ほぼ当初のタイムテーブル(医者の余命宣告)どおり死んでいった。ということは、大がかりな手術をした割には、治療は一切役に立たなかったということになるのか。それを考えると潔く死と向き合って治療を一切拒否するという方が合理的な気がするし、かっこいい生き方でもある。ただ一方で、最後まで生にこだわり悪あがきしたのもかえってこの小説家らしいとも言える。
 僕個人としては、井上に対してただの嘘つきオジさんくらいの感覚しか湧かなかったし、最後の最後まで彼にはあまり魅力を感じなかった。彼には、奥崎謙三ほどのインパクトもなければ、武田美由紀ほどの規格外の存在感もなかった。そのため、以前見たときもそうだったが、原一男の映画としてはいささか物足りなく感じた作品であることは確かである。ただ無駄なガン治療のケース・スタディとして見れば、それなりに感じるところがあった(実際この映画ではそういう部分に一番興味が湧いたのだった)。
★★★☆
1994年キネマ旬報ベストテン1位


参考:
竹林軒出張所『ゆきゆきて、神軍(映画)』
竹林軒出張所『極私的エロス・恋歌1974(映画)』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
by chikurinken | 2016-07-01 06:33 | 映画
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