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竹林軒出張所

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『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ』(ドキュメンタリー)

蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ(2016年・テレビ朝日)
テレビ朝日 モハメド・アリ緊急追悼番組

「猪木アリ状態」の元祖

b0189364_20473363.jpg 先頃死去したモハメド・アリの追悼番組。1976年のモハメド・アリとアントニオ猪木との異種格闘技戦を第1ラウンドから第15ラウンドまでノーカットで放送するというもの。また同時に、この試合が開催されるまでのいきさつや、猪木の他の異種格闘技戦(ウィリアム・ルスカ戦、モンスターマン戦など)、もちろんこれまでのアリの軌跡も一部紹介された。
 この試合自体、当時プロレスや格闘技にまったく興味がなかった僕は見ておらず、凡戦だったことに怒っている級友を冷ややかに見ていた程度の認識だった。その後、一部だけ目にすることがあったが、全体を通して見るのは今回が初めてである。
 この試合、アリ側はエキシビション・マッチ、つまり筋書きのある「プロレスリング」をやるつもりで来日したが、土壇場でセメント・マッチつまり真剣勝負になってしまったといういきさつがある(竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』を参照)。そういう意味でこの試合は、その後日本で隆盛を極めた総合格闘技の原形と言ってもよい。
 ただし当時、総合格闘技のためのノウハウがなかったため、ルールがなんだかよく分からないものになってしまった。たとえばロープ・ブレイクがあるなどというのは、プロレスではいざ知らず、総合格闘技ではあり得ない(ロープ・ブレイクがあるとグラウンドでの戦いが成立しない)。一説によるとアリ側がいろいろな制約を突きつけたということらしいんだが真相は分からない。試合前にそのルールが公表されることもなかったようだ。何しろ直前にルール変更が何度も行われたほどである。そもそも、アリ側からしてみると、エキシビションのつもりがセメントになってしまったわけで、彼らに取ってみれば前代未聞の珍事と言える。
b0189364_20475482.jpg 猪木側には、当時日本プロレスから独立したばかりの(猪木が主宰する)新日本プロレスがうまく軌道に乗らず、何とか打開を図りたい、この試合をその起爆材にしたいという思惑があり、一方のアリ側には、2カ月後のケン・ノートン戦の前に一稼ぎしたいという思惑があったようだが、両者の間では最初から話が噛み合っていなかったわけだ。こういうことを考えると、このマッチメークを進めた新日本プロレスのプロモーターとしての手腕が非常にお粗末だったと言わざるを得ない。
 で、いざ試合が始まってみると、猪木は寝転がり、アリは挑発を繰り返すばかりという内容の「凡戦」になってしまった。しかし上記のような事情を知った上でこの試合を見ると、抜き差しならないほどの緊迫感がある。猪木が終始寝転がって戦ったのはあまり褒められたものではないが、それでもローキックをアリに浴びせ続け、しかもアリをグラウンドに持ち込んだときに禁止されている顔面への肘打ちをさりげなく繰り出したり、金的に膝を入れたりというプロレスばりのラフ・ファイトを繰り出したのは(プロレスラーとして見ると)なかなかのもんである。一方のアリも、90発以上のローキックをもらいながら15ラウンド(!)猪木に対峙しつ続けたのも立派なものだ。この試合には、当事者にしか分からない思いや恐怖があったことが窺われる。
 数々の総合格闘技の試合を見ると、組み系の選手と打撃系の選手が戦うと組み系の方が概ね有利になるということがわかる。なぜなら、打撃系の選手の繰り出す攻撃がかわされた場合、組み抑えられて打撃系の技が使えなくなり、一方的に組み技で仕留められるためである。打撃系の選手は、相手を一発で仕留めなければならず、しかもミスが許されない。そのため打撃系の選手もある程度組み技やタックルの防ぎ方を知っておかなければ対応できない。したがってこのアリ対猪木みたいな試合は、今の総合格闘技ルールでやればおそらく猪木の方がはるかに有利である。それを考えると、いろいろなルールで、猪木側をがんじがらめにしたアリ側の方策は正解だったと言える。それでもあれだけの数のローキックを耐え続けたアリは、格闘家として一流であると感じる。そしてこの試合によって、異種格闘技戦に必要なもの、つまり明確なルールやそれぞれの選手の事前の準備の必要性が明らかになり、異種格闘技戦自体が、総合格闘技という1つの競技として成立することになるのだった。そういうエポックメイキングな試合が、格闘技不毛の今日、こうしてノーカットで(さりげなく)しかもゴールデンタイムに放送されたのは画期的である。
 なおこの放送では、猪木の口の動きを読み取ることでセコンドに何を話しているか判別して字幕で流した他(同じテレビ朝日の『キリトルTV』の手法)、試合中に両陣営からかけられる声も字幕化されていた。これも面白い趣向であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』
竹林軒出張所『1993年の女子プロレス(本)』
by chikurinken | 2016-06-17 06:38 | ドキュメンタリー
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