ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『偉大なる旅人 鄭和』(ドキュメンタリー)

b0189364_19503934.jpg偉大なる旅人 鄭和(2006年・NHK)

鄭和の足跡から時代をキリトル〜

 明の永楽帝の時代(西暦1405年)に大航海を果たした鄭和のドキュメンタリー。
 永楽帝は、諸外国の国々に明の配下に下ることを要求するため、200隻を超える大船団を編成し、西の国々に派遣した。これはつまり「朝貢」を求めるもので、各国の支配者が明の配下であることを認める、つまり大使を派遣してきたら、お土産(財宝の類)をたんまりもらえて結果的に儲かるというシステムで、朝貢する側にとってはまったく悪い話ではない。たとえば室町幕府の足利義満は積極的にこの朝貢貿易を行い財政的に潤っているし、足利義政の時代になると、守護大名がこの朝貢の利権を求めて争ったりもしている。
 しかもこの大艦隊、強大な軍艦を何隻も備えてはいるが非常に友好的で、攻撃されても即戦争という事態にはならなかったという。実際セイロン島では、地元民から攻撃を受けて危険な目にも遭ったりしているが、艦隊側からは防衛以上の攻撃がなくしかもそれで鎮圧を果たしたというのだ。この大艦隊を率いたのが、永楽帝の腹心だった鄭和である。
 永楽帝は、太祖洪武帝の4番目の息子であったことから帝位からは遠く、そのため帝位に就いたときはクーデターまがいのことをやって先帝(建文帝)を追い落としている。その内戦の際、永楽帝を助けたのが宦官の鄭和であり、そのときから永楽帝の信任が厚かったという。
 こうして鄭和は永楽帝の指令の下、西に向かい諸国を歴訪、死ぬまでに都合7回大船団を率いて遠征をしている。第5回の航海では、アフリカ東海岸まで到達していることが分かっている(ただしこれには鄭和は同行していない)。一説では喜望峰を回ってアメリカ大陸にまで到達したのではないかという話もあるが、これは憶測の域を出ない。
 このドキュメンタリーでは、その鄭和の足跡を辿って、鄭和の航海がどのように行われたかが明らかにされ、同時にその歴史的な意味についても追求される。鄭和の船を再現するなどということもやっていて、しかも一部はドラマとして再現している。なおこのドラマ部分についてはチェン・カイコーが担当しているというんだから贅沢ではある(実際には大したドラマにはなっていないが)。また、鄭和がイスラム教徒であったとか、メッカを訪れることを望んでいたというのも興味深い話である。鄭和自身が実際にメッカを訪れたかどうかは分かっていないが、鄭和の使節団はメッカを訪れているそうだ。
 また時代背景も詳細に紹介されていてよくわかるようになっており、1つの出来事からその時代を照射することに成功している。歴史ドキュメンタリーとしてよくできていて、2時間半の番組だがまったく飽きない。
 鄭和は、大航海時代(鄭和の100年後)のコロンブスやバスコ・ダ・ガマなどと比べると歴史上の評価は低めだが、その実績は彼らをはるかに凌駕すると言える。しかもスペイン人のように収奪と破壊に明け暮れたわけではなく、平和的な外交を展開し、交易の世界を広げたという点でも特筆に値する。鄭和再評価に繋がるきっかけになるんじゃないかという優良番組である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 第2話、第3話(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (下)(本)』
竹林軒出張所『アジア巨大遺跡3 始皇帝陵と兵馬俑(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『項羽と劉邦 (1)〜(3)(本)』
by chikurinken | 2016-05-13 06:50 | ドキュメンタリー
<< 『江戸古地図の旅』(ドキュメン... 『生き抜くという旗印 〜詩人・... >>