ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『日本人とカラヤン』(ドキュメンタリー)

日本人とカラヤン(2008年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムカフェ

日本人が好きだったカラヤンは
無類の日本好きだった


b0189364_80013.jpg 60年代から80年代、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を勤めていたヘルベルト・フォン・カラヤンは「帝王」などと呼ばれ、特に80年代には楽団に対する専制ぶりが噂されたりして、暴君というイメージが強い。しかしその一方で、カラヤン亡き後のベルリンフィルが地味になり話題性が小さくなったのも事実。カラヤンの後にベルリンフィルの音楽監督になったアバドやラトルを見ても小粒間が否めないのは僕だけではあるまい。カラヤンは音楽的にも非常に優れており(一部で毛嫌いする人もいるようだが)、1962年前後に収録したカラヤンとベルリンフィルとの最初のベートーヴェン交響曲全集は実に颯爽としていてベートーヴェンの魅力を伝える内容であり、僕は非常に高く買っている。
 そのカラヤンが、この番組によると1954年以来11回も来日しているという話で、さぞかし日本が気に入っていたのだろうということは容易に推測できる。実際に本人も第二の故郷などと語っていたようで、さまざまな日本人にも知己がある。そのような交流があった日本人の方々に生前のカラヤンについて語ってもらい、当時のカラヤンの人間像に触れようというのがこの番組。
b0189364_801879.jpg 中には、当時上智大学オケ(オーケストラ)のメンバーなどという人もでてきて、この人はなんと東京に滞在中のカラヤンのところを訪れ、うちのオケを振ってくれと直談判したというんだから驚き。最初はカラヤンのマネージャからあしらわれていたらしいんだが、その後カラヤンと廊下ですれ違ったときに話しかけて、結果的にカラヤンが学生オケを振るなどということが実現したらしいのである。しかも1時間近く練習を付けてくれたというんである。さらにしかも、カラヤンの指揮が始まってオケの音が見る見る変わってきたという話なんである。実に興味深い。
 他にもカラヤンの薫陶を直接受けた小澤征爾や、ベルリンフィルのメンバーだった安永徹や土屋邦雄、写真家の木之下晃(音楽家の写真をもっぱら撮っている写真家で、カラヤンに唯一近づけた写真家)、ソニーの大賀典雄(カラヤンの最期を看取った人)、サントリーホールのプロデューサーと設計者、しまいには雪村いづみまで出てきて、カラヤンの人となりを語る。彼らによって語られるカラヤンは、「暴君」のイメージからはほど遠く、むしろ面倒見の良い好奇心旺盛の芸術家という印象である。しかも、日本の音楽界との関わりは日本人音楽家並みと言えるほどで、サントリーホールについても設計段階からいろいろアドバイスしていたらしい(こけら落とし好演もカラヤンの予定だったが体調不良のためにキャンセルになった)。
 周囲の人々の話から人間カラヤンが浮かび上がってきて、1人の人間の魅力を照らし出す優れたドキュメントになっている。おかげでカラヤンのイメージが大きく変わった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『カラヤン 〜ザ・セカンド・ライフ〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カルロス・クライバーのドキュメンタリー2本』
竹林軒出張所『春は英雄から』
竹林軒出張所『ウェーバーとバレエ』
竹林軒出張所『マエストロ・オザワ 80歳コンサート(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-05-11 08:01 | ドキュメンタリー
<< 『生き抜くという旗印 〜詩人・... 『ドナルド・トランプのおかしな... >>