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竹林軒出張所

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『滅びのチター師』(本)

b0189364_8414073.jpg滅びのチター師
軍司貞則著
文藝春秋

『第三の男』はウィーンでは
まったく受けなかったらしい


 映画『第三の男』の音楽を担当したチター師、アントン・カラスの周辺を探ったルポルタージュ。
 第二次大戦後、アントン・カラスは、廃墟となったウィーンのホイリゲ(音楽付きの居酒屋)でチターを演奏して生計を立てていたが、その音楽が、『第三の男』の構想のためにたまたま当地を訪れていたキャロル・リードの目に止まる。そうしてリードから、『第三の男』を作るにあたり、是非音楽を担当してくれと頼み込まれる。
 当初はあまり乗り気でなかったカラスだが、リードの熱意に打たれ、申し出を承諾する。その後、1ヶ月半にわたり、ロンドンのリードの家に住み込んで音楽製作に取り込み、リードとカラスとの必死の格闘の末、あの有名な「ハリー・ライムのテーマ」が生まれるのだった。
 あの映画では音楽が特に印象的で、そのためもあって、映画の公開後カラスは世界中で引っ張りだこになる。もちろんそこにはリードの尽力もあったわけだが、結果的にカラスは『第三の男』によって一財産築き、その後ウィーンで「第三の男」という名前のホイリゲを自ら開店。世界中の『第三の男』ファンを観光客として呼び寄せるまでになる。ところが開店後しばらくして地元のホイリゲ組合の圧力に遭い、それに合わせて市当局が動き出して最終的に営業中止を余儀なくされたのだった。
 こういったいきさつを前半部で紹介し、後半部ではその謎(なぜアントン・カラスが地元から締め出しを食ったか、なぜウィーンでその存在が無視されているか)を解くというのが後半のテーマになる。そして著者は、カラスの出自が、ウィーンで差別的な扱いを受けるハンガリー人またはチェコ人であったことと、一攫千金で儲けたことに対するやっかみが周囲の人々にあったことなどがその理由と結論付ける。この本は、そういうようなノンフィクション本である。
 なお著者は日刊スポーツの元記者で、1977年に退社しウィーンに滞在していた。その滞在先で書いたのがこの本である(この本は1982年刊)。当時のウィーンの社会がうまく描かれてはいるが、興味本位の記述もあり全体的に週刊誌風の記述という印象がある。僕自身は『第三の男』の製作過程の方に興味があったんだが、著者の関心はむしろその後のアントン・カラスと彼の出自にあったようで、そういう部分にかなりの紙面が割かれている。そういう点で個人的には物足りなさを感じたが、当時のオーストリアの社会状況が分かるという点では、決してダメな本ではない。『第三の男』がウィーンでまったく受けなかったという話なども非常に興味深いところである(地元民にしてみると、映画の内容がウィーンを犯罪の街として貶めているという感覚らしい、本書によると)。
★★★

参考:
竹林軒出張所『第三の男(映画)』
by chikurinken | 2016-04-02 08:41 |
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