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竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

ベトナム戦争関連のドキュメンタリー3本

 昨日、このブログでベトナム戦争関連ドキュメンタリーを紹介したが、それを書くに当たって過去のベトナム戦争関連記事を検索していたらほとんど見つからなかった。ディエンビエンフーの戦いに関連するやつを確か書いたはずなのにおかしいなーと思っていたところ、前のブログにいくつか書いていたものがあった。このあたり、先日の『イラク戦争関連の本』のときとほとんど同じ感触で、要するにこの10年があまりに早く過ぎ去って、そのあたりの感覚が少々麻痺しているということなんだろう。こうしてだんだん死期に近づくわけやね。
 ともかく、こういった記事もこっちのブログに挙げておいた方がのちのち検索するときにも役に立つだろうということで、今回まとめて引用しておこうという、そういう主旨である。
 以下、過去のブログから3本分。

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(2004年7月22日の記事より)
世界を変えた56日間の戦い 〜ボー・グエン・ザップ 93歳の証言〜
(2004年・NHK)
NHK-BS1 BSドキュメンタリー

b0189364_953863.jpg ベトナム戦争初期のディエンビエンフーの戦いの経過を、当時ベトナム軍の司令官だったボー・グエン・ザップの回想を中心に回顧する。
 ディエンビエンフーの戦いについては、沢田教一の写真などで名前は知っていたが、具体的なことは何一つ知らず、その点で非常に勉強になった。
 1954年初頭、フランスは、ベトナム民主共和国(いわゆる北ベトナム)のラオスルートの要衝、ディエンビエンフーに要塞を築き、兵站用のラオスルートを遮断しようとする。これに対してベトナム軍は、ディエンビエンフーの奪還をもくろむ。このとき奪還作戦の司令官に就任したのが、当時43歳のボー・グエン・ザップ。早期攻撃を主張する周囲を抑え、ザップは周到な準備を済ませてから作戦を開始することを主張する。
 結局ザップの作戦に従って、20門以上の105mm砲を国内から人海戦術でかき集め、ディエンビエンフー北部の山頂付近に隠すことに成功する。ベトナム軍の攻撃を予測していたフランス軍は、いつまでたっても攻撃が始まらないため、業を煮やしてベトナム軍を挑発するビラまで撒いたらしい。
 3月になって準備が終わると、ベトナム軍の一斉攻撃が始まる。ディエンビエンフーの要塞は、数多くの要塞群で構成されており、ベトナム軍は北部の要塞から1つずつ攻略していく。攻撃手段は、山腹に隠した大砲と人海戦術だ。攻略が特に難しかったA1要塞に至っては、敵軍の要塞の地下までトンネルを掘り、爆弾で要塞ごと吹き飛ばすということまでやっている。結局この作戦で雌雄が決まった。A1要塞の陥落によって、ベトナム軍は、フランス軍司令部に迫ることになり、ついに戦闘は集結することになる。
 とにかく、ベトナム軍の人海戦術は驚くばかりだ。戦闘が続いている最中もひたすら塹壕を掘り続ける。補給路が空爆されたらすぐに道を作り直す。大砲は人力で山頂まで引っ張り上げる。これぞゲリラ戦の見本。そしてその作戦の一部は、日本軍(日中戦争)や米軍(朝鮮戦争)と闘った中国共産党から引き継いだものだということも明かされている。
 結局この戦いが、フランスのベトナムからの撤退に直接結びつくことになる。これが欧米植民地主義のアジアからの最初の撤退となった。
★★★☆

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(2005年3月2日の記事より)
ベトナムで戦死した父を追って
(2003年・米 オーファンズオブウォー・プロダクション)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_955818.jpg あるドキュメンタリー作家が、自身の生後4カ月のときにベトナム戦争で死んだ父の実像を追うドキュメンタリー。
 父の生前の姿について、戦友たち、同級生たち、親戚家族に尋ね回り、その素顔に迫る。未亡人である母と一緒に行動するのだが、その母は終始泣きじゃくっていた。かなり湿っぽい作品。
 余談だが、戦友の中に、前回の大統領選挙で民主党から出たケリーもいて、故人の話を詳細にし、未亡人である母を励ましていた。とてもいい人だ。
2003年エミー賞ドキュメンタリー部門受賞
★★★

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(2005年5月5日の記事より)
ベトナム戦争 〜サイゴン陥落・最後の58日間〜 前・後編(2005年・NHK)
NHK-BS1 「戦後60年 歴史を変えた戦場」

b0189364_962960.jpg パリ和平協定以後、北ベトナム軍が南ベトナムのサイゴンを陥れるまでの経過を描いたドキュメンタリー。
 パリ協定で米軍が撤退した後の出来事であるため、どんなに詳細に説明があったとしても、あまりインパクトはない。
 ベトナム戦争をベトナム人民軍と米軍の戦いととらえる(普通はこういうとらえ方だが)と、米軍が撤退するまでのプロセスの方が重要な気がする。確かに、北ベトナム軍と南ベトナム軍の戦いではあるが、この58日間はむしろ戦後処理というか総仕上げという印象であり、こうやってスポットを当てるほどベトナム戦争全体の中で大きな意味があるとは思えなかった。
 ドキュメンタリーとしても、あまり緊迫感がなく少し退屈だった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『パリ秘密交渉の内幕(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『サイゴン陥落 緊迫の脱出(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『イラク戦争関連の本』
竹林軒出張所『カメラマン・サワダの戦争(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2015-06-27 09:08 | ドキュメンタリー
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