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竹林軒出張所

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『死刑』(本)

死刑
森達也著
角川文庫

死刑制度について考える

『死刑』(本)_b0189364_938997.jpg 『放送禁止歌』オウム真理教の映画でお馴染みの森達也が、死刑制度について思いを馳せ考察していく「ロードムービー」的な内容の本。
 ドキュメンタリー映画の撮影でオウム事件の関係者と身近に接するようになった著者は、死刑について思いを馳せるようになる。ただ実際のところ、死刑制度について詳しく知っているわけではない。世の中には死刑廃止論と死刑存置論があるが、それについても明確な意見を持っているわけではない。そこで、死刑制度の周辺にいる人々に接することで、死刑に対して考えていこうというのがこの本の主旨で、実際に著者は全国を飛び回りさまざまな人々や拘置所(死刑囚が収監され、処刑のための施設も置かれている)に接触を試みている。そういう点で著者は、この本を「死刑をめぐるロードムービー」と位置付けているわけ。
 死刑制度について人に尋ねると、今の日本では八割以上は死刑制度存置に賛成というスタンスを取っているらしい(法務省の調査による)。だが実際のところ、ほとんどの人が死刑制度の実態について知らないのではないかと著者は推測する。死刑制度について云々している人の多くは、死刑制度について真剣に向かっているわけではなく、情緒的に好き嫌いでものを言っている。しかし死刑制度自体が人の目から隠されている現実を考えると、果たしてこれが本当に正しいと言えるのかはなはだ疑問である。もちろん議論の対象となることがよく見えないので、どのような結論になっても致し方ないわけだが。
 そこで著者はまず、どのように死刑が執行されるのかそのあたりから明らかにしようとする。しかし行政当局が刑場を公開するなどということは実際にはなく、また当事者に対しても守秘義務が課されているため、その方法すらなかなか知ることができない。当局の壁は予想以上に厚いのである。結果的に、刑場を視察したことがある国会議員や死刑の現場に立ち会ったことがある元刑務官(坂本敏夫)にインタビューし実情を聞くことで、間接的に想像する。
 さらにその後、死刑に関係するさまざまな人々にもインタビューを試みる。死刑制度を感覚的に捉えている我々と違い、間近で死刑制度に接することで、真剣に対峙して自分なりに結論を出している人々である(結論を出せていない人も当然ながらいる)。たとえば、死刑廃止を主張する議員、元死刑囚、死刑囚、元検察官、殺人被害者の親族らが登場するが、その内容はどれも重い。これまで我々にとってまったく他人事だった死刑制度が目の前に提示されるような心持ちさえしてくる。こうして、死刑とは直接関係ないと感じている人々に、考えるための素材が提供される。それをどう捉えるかは読者次第ということになる。もっとも著者自身は死刑反対の立場に落ち着いていくが。
 実際、世間で喧伝されている死刑制度存置の論理、たとえば死刑制度自体に犯罪抑止力があるだとか、あるいは被害者感情に配慮すべきだとかいう議論は、ほとんど有効性がないことがわかっている。犯罪抑止力については、死刑制度を廃止しても凶悪犯罪が増えないことが明らかになっているし、むしろ死刑制度が凶悪犯罪を生み出すケースさえあると著者は言う。被害者感情についても被害者ごとに感じ方は違うし、中には死刑廃止運動に携わっている被害者遺族もある。このように、こういった「論理的な」主張の多くは破綻している。そういうこともあり、世界的な潮流は死刑廃止に向かっている。少なくとも先進国の中で死刑制度を存続し死刑を執行している国は、日本とアメリカの一部の州だけである。
 しかし論理だけで死刑制度を捉えることは、情緒だけで捉えることと同様、意味のあることではないと著者は考える。そのため著者自身は最終的に、こういった論理や情緒ではなく、自分の自然な気持ちとして目の前で処刑されていく人々を助けたいと思うという点で、死刑制度に疑義を呈するに至ったわけだ。
 考えるための素材を提供することがこの本のテーマであるため、どのような結論を出すかは基本的に読者次第で、著者がどういう結論を出したかは本来であれば関係ないわけだが、死刑制度に疑問を持つのが自然な流れにはなっている。著者が取材を通じてそういう考え方に落ち着いたためにそうなるのは当然だが、著者がミスリードしていると主張する読者も出てくるだろう。だが今の死刑存置論の多くが、マスコミが垂れ流す「被害者の図式」が一般に浸透しているためであることを考えると、これこそマスコミによるミスリードとも言える。本書でマスコミ論まで踏み込んでいるのは、当初からマスコミのあり方に鋭く切り込んできた著者の面目躍如だが、そういう一つ一つのことに真剣に向き合うことがこの本で求められていることなんだろうと思う。
 いずれにしても、死刑についていろいろと考えることができる素材を与えてくれるパースペクティブ本と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面(本)』
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』
竹林軒出張所『ぼくに死刑と言えるのか(本)』
竹林軒出張所『千代田区一番一号のラビリンス(本)』
竹林軒出張所『家族不適応殺(本)』
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『正義の行方(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『裁判所の正体(本)』
竹林軒出張所『木嶋被告 100日裁判(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『i —新聞記者ドキュメント—(映画)』
竹林軒出張所『FAKE(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』

by chikurinken | 2015-05-31 09:38 |
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