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竹林軒出張所

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『フルシチョフ アメリカを行く』(ドキュメンタリー)

フルシチョフ アメリカを行く(2013年・仏ARTE FRANCE他)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_8331988.jpg「悪の帝国」の指導者は
魅力的な頑固親父だった


 (冷戦期アメリカの敵であった)ソビエト連邦の首脳が初めてアメリカを訪れたのは1959年。訪米したのは、当時ソビエト連邦の首相だったニキータ・フルシチョフで、アメリカのマスコミや一般民衆は、凶悪な敵の親玉がどのような人間なのか直に見てやろうと虎視眈々と待ち受けていた。
 政府からは最大限の敬意を払われたフルシチョフ一行だったが、マスコミや自治体は辛辣な質問や意見(スピーチ)などでフルシチョフをやり込めようとした。一方のフルシチョフは、これに対し怒りをもって応じたり、ウィットの効いた受け答えをしたりしたため、徐々に米国民の警戒心も和らいでいき(「敵対する帝国の指導者」というイメージから「一人の頑固親父」というような認識になったという)、だんだん訪問先で歓迎を受けるようになった。フルシチョフの方も米国民の人間性を身近に感じるようになる。結局、フルシチョフのこの見事な立ち回りにより、訪問後はフルシチョフと米政府(当時アイゼンハワー大統領)との間に信頼関係ができた……というのがこのドキュメンタリーの主旨で、その過程を紹介していく番組である。
 だがフルシチョフの帰国後、この米ソ雪解けの雰囲気をぶちこわしにする事件が起こる。米国が偵察機をソビエト上空に飛ばしそれをソ連が撃墜するという事件が起こり、両国の信頼関係は一気に崩壊した。ここから両国関係は一気に悪化し、やがて1962年のキューバ危機を招くことになる。このキューバ危機は、あわや米ソ全面核戦争勃発かという瀬戸際まで行ったが、直前で回避されることになった。フルシチョフと当時のアメリカ・ケネディ政権との間に合意ができたためだが、そのときにもしかしたら、フルシチョフの脳裏に、訪米時の米国民の顔が思い浮かんだのではないかというのがこの番組の問いかけであった。結論として、直接顔を見る外交の大切さをほのめかしていたのが興味深い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アメリカが見たカストロ(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-03-02 08:33 | ドキュメンタリー
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