ミツバチの会議
なぜ常に最良の意思決定ができるのか
トーマス・シーリー、片岡夏実訳
築地書館
良書だが翻訳があんまりだ ミツバチ研究の第一人者が、ミツバチの生態について、実験データを交えて詳細に書いた本。この本では特に分蜂(ミツバチの巣別れ)について非常に細かく、(おそらく元々は)わかりやすく扱っている。内容の細かさは論文並みで、実験方法や記録をそんなに詳しく書かなくても……と感じるほど。著者の読者に対する敬意が感じられるほどである。
内容は先ほども言ったように(おそらく)わかりやすいんだろうが、「おそらく」と書いたのは非常に読みづらいためである。要するに翻訳レベルの問題なんだろうと思う。というのは、比較的単純な文章が並ぶ箇所は、読みづらくてもそれなりに読めるんだが、複雑な記述になると、何が書いてあるのかにわかに判断できないためで、こういうのは翻訳に問題があると考えて差し支えない。中でも、ミツバチの分蜂群と霊長類の脳の意志決定の類似性について書かれた第9章「認知主体としての分蜂群」は、読んでも内容がほとんどわからなかった。とは言え、ここで書かれていることは他の章で書かれていることのまとめみたいなものなので、おおむね推測はつく。とにかく日本語自体が読みづらく、編集者はしっかり校正しとけというレベルの文章である。この翻訳者、
『土の文明史』の翻訳も担当しており、このブログでも以前書いたんだが、あちらの翻訳もひどかった(詳細については
竹林軒出張所『土の文明史(本)』参照)。しかもあの本も、こちらの『ミツバチの会議』同様、内容は非常に素晴らしく、どうして良い本にこういう拙い翻訳者を当てるかな……と編集者の見識を疑ったりする。
さてそんなわけで、拙い翻訳のせいで読むのに大層時間がかかったが、とにかく読了。内容はミツバチの民主主義について説明したもので、原題が『Honeybee Democracy』であることからもそれがわかる。具体的には、ミツバチの巣がある程度大きくなると、ミツバチたちは、次世代の女王蜂を残して、現在の女王蜂を連れて大挙してその巣を出て行くんだが(これを分蜂という)、分蜂のとき、新しい巣が見つかるまで木の枝なんかに集まった状態で待機しておくわけね。この間、新しい巣を探すために方々を偵察する探索バチが何匹かいるんだが、そのハチが新しい巣の候補を見つけてくると、分蜂群に戻ってきてダンスを踊ることでその場所を他のハチに伝える。そのメッセージを受け取った他の探索バチが今度はその巣を確かめに行って、それが良いと判断されると前のハチと同じようにダンスを踊るということがくり返される。一方で別の巣候補を推挙するハチもいるわけだ。で、時間を追うごとにいくつかあった候補がだんだん絞り込まれていって、最終的には1箇所に決定される。すべての探索バチがその巣を示すダンスを踊るようになるというのだ。こういう状態になると、分蜂群はいよいよその巣候補を目指して移動していく。で、いくつかの巣の候補から1つに絞っていくこの過程が、民主主義的に行われ、しかもほとんどの場合1つに決定される、つまり合意を得るというんだが、それについてミツバチの個体の間でどのようにコミュニケーションが行われているのか、どのような巣がどのような基準で選択されるのかということについての真面目な研究がまとめられたのがこの本ということになる。
しかもこの著者、このミツバチの民主主義的な意志決定プロセスを、自身の大学の教授会でも応用しているというのだから恐れ入る。たかが昆虫とバカにできないほどの自然の驚異が余すところなく曝されて、それを人間のよりよい生活のために役立てるというもので、学問の意義にまで思いを馳せることができる良書と言える。この著者は本当にミツバチが好きなんだなーと感じられるのも良い。翻訳さえしっかりしていたら申し分のない本だった。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『土の文明史(本)』竹林軒出張所『ニホンミツバチが日本の農業を救う(本)』竹林軒出張所『ハチはなぜ大量死したのか(本)』竹林軒出張所『銀座ミツバチ物語(本)』竹林軒出張所『欲望の植物誌 人をあやつる4つの植物(本)』