ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『“民衆の敵”に迫る』(ドキュメンタリー)

“民衆の敵”に迫る 〜カンボジア人記者の記録〜
(2011年・英Old Street Films/カンボジアThet Sambeth)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

『“民衆の敵”に迫る』(ドキュメンタリー)_b0189364_8401347.jpg ポル・ポト政権時代に父を殺された記者、テット・サンバットが、カンボジア各地を訪ねまわり、ポル・ポト政権関係者にインタビューを敢行する。こうすることで、ポル・ポト時代の大虐殺の真相を記録として残しておこうというのが彼の意図である。
 現場でどのように虐殺が行われたか、虐殺に手を染めた当時の人々に話を聞くだけでなく、その上官、さらにその上官とさまざまな人にインタビューを試みる。その人の過去の素行について責めたりすることなく、あくまで客観的に話を聞くという態度で臨む。記者が実際には被害者の家族であり、しかも未亡人となった母は、クメール・ルージュ(ポル・ポト政権)の幹部との結婚を強いられたという不幸な過去を持つにもかかわらずである。だが彼はそのことをインタビュー相手に明かすこともない。静かに話を聞くのである。
 ポル・ポト亡き後、現在政権の秘密を唯一握っていると考えられる、当時ナンバー2だったヌオン・チアにも根気強く会い続ける。当初は何も語ろうとしなかったヌオン・チアも、記者との間である種の信頼関係が築かれるようになると、少しずつ政権について語り始めるようになる。ポル・ポト政権の内実が語られ、それが映像として残される。そして記者の方も最終的に、自分の父がクメール・ルージュに殺されたことをヌオン・チアに語るのであった。
 なおヌオン・チアはその後、カンボジア特別法廷に拘束されるに至る。したがって法廷ですべてが語られれば別だが、そうでなければこのインタビュー映像が、ポル・ポト政権時代を物語る非常に貴重な映像となって残ることになる。そういう意味でも、この記者、テット・サンバットは、彼の意図通りの重要な仕事を成し遂げたことになる。このドキュメンタリーでも、彼が集めたインタビュー映像をつなげて、ポル・ポト時代の悲劇を紹介しているが、現場での生々しい経験談などは非常に強烈なインパクトを残す。内容はかなり衝撃的であるが、記者の忍耐強い態度が全編を貫いているため、ドキュメンタリー自体は静かな語り口になっている。声高に糾弾するようなところもない。結果的に、過去の証言映像として、そして歴史ドキュメントとして一級のものに仕上がっている。
★★★☆
by chikurinken | 2012-04-30 08:41 | ドキュメンタリー
<< 『愛されるために、ここにいる』... メゾチントという絶滅危惧技法 >>