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竹林軒出張所

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『こうしてソ連邦は崩壊した』(ドキュメンタリー)

こうしてソ連邦は崩壊した(2006年・NHK)
前編 8月の“クーデター”
後編 森の奥の静かな闘い
NHK-BS1 BSドキュメンタリー

b0189364_88559.jpg ソビエト連邦崩壊の過程を、時系列で追いかける歴史ドキュメントで、前後編の2本立て。
 ソビエト連邦が体制を維持できなくなった1991年、当時のソビエト連邦大統領、ゴルバチョフは、ソ連離れを強めていく各共和国をつなぎ止めるべく新連邦条約の締結を画策していた。しかしこれに危機感を感じた共産党保守派は8月、保養地で避暑をしていたゴルバチョフを軟禁するという手段に出た。これに対し、モスクワではエリツィン・ロシア共和国大統領らが立ち上がり、ゴルバチョフの救出を宣言するも、この動きに対して軍隊が出動し、モスクワは一触即発の状態に陥る。だが市民側がエリツィンらを支持して街に集結し、軍隊も結局この動きを無視することができず、撤退を始める。こうして、保守派によるこの「8月クーデター」は失敗に終わる。が、これに伴い、エリツィンへの求心力が強まって、同時にゴルバチョフの存在感も低下し、ソビエト連邦の崩壊は決定的になってきた。ここまでが前半。
b0189364_882825.jpg 後半では、ソビエト連邦崩壊を決定づけたベロヴェーシ合意にスポットを当てる。ロシア大統領、ウクライナ大統領、ベラルーシ大統領がベラルーシのベロヴェーシに集まり、ソビエト連邦崩壊を宣言した。1922年のソビエト連邦設立の条約に署名した当事国4カ国のうち3カ国が揃うことで、ソビエト連邦終焉の決定を下すことができるという判断の下である。ただしこれに伴って、ユーゴ紛争のような民族紛争が起きるのを懸念した各首脳は、ソビエト連邦に変わる新たな体制として、独立国家共同体(CIS)を設立し、緩やかに統合することを選択する。ベロヴェーシでは各国の思惑があり、紆余曲折はあるものの、民族紛争を回避するという共通の目標を維持しながら、最終的に合意に至った。ただ、ソビエト所有の大量の核兵器が各国に分散するという問題は残る。これについては後にアメリカを介入させることで、ロシアがソビエトの軍事力(および核兵器)を継承することにして解決するに至る。こうして、この合意により超大国、ソビエト連邦を平和裡に葬り去ることに成功した。ここまでの一連の歴史的事件を、映像と当事者のインタビューでまとめ上げ、わかりやすく紹介したのがこのドキュメンタリーである。結果、歴史の証言者としての優れたドキュメンタリーになっている。僕自身、どの事件もリアルタイムで(もちろん新聞やテレビを通じて)経験しているのであるが、ほとんど忘れていたのだった。「CIS」という言葉にも懐かしさを感じたほどである。このようなドキュメンタリーを見ることで、ソビエト連邦の崩壊という事件を歴史的な側面から捉え直すことができるのだが、そういう点でも非常に有意義なドキュメンタリーであった。かつて放送されたNHKスペシャルの『こうしてベルリンの壁は崩壊した』とあわせて見たいところである。とは言っても『ベルリンの壁』の方は1993年のドキュメンタリーだし、この『ソ連邦』の方も2006年放送のドキュメンタリーでなかなか見る機会はないかも知れない。僕も今回、2006年に放送されて録画しておいた映像を引っ張り出して見たのだった。今調べてみたが『こうしてベルリンの壁は崩壊した』の方はDVDが出ているようで、あるいは図書館などに置いているかも知れない。『ソ連邦』の方は見る機会はあまりないかな……とも思う。まあ、座して待つのが吉か。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2012-04-24 08:14 | ドキュメンタリー
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