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竹林軒出張所

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『奇子』(上)(下)(本)

b0189364_9122565.jpg奇子 (上巻)
奇子 (下巻)
手塚治虫著
角川書店

 手塚治虫のマンガは、子どもの頃からよく読んでいることもあり、どうしても子ども向けみたいな単純な話しかできないのではないか、そのあたりが限界なのではないかと勝手に思い込んでいたフシがあるが、手塚作品にはこういうものもあるのだということがあらためてわかった。やはりマンガの神様、ものすごい才能である。
 この作品については、まったくもって単純ということはない。あまりにいろいろなものを盛り込みすぎてかえって煩雑になったきらいさえある。そのために最後の方は収拾がつかなかったような終わり方であった。キャラクターはどれも個性的でよく書き込まれている。カット割りも正攻法なコマ割りに、実験的な方法を混ぜるなど意欲的である。手塚治虫は映画の方法論をマンガに持ち込んだと言われているが、この作品などまさにそれを地でいくような表現方法である。本当に1本の映画またはドラマを見ているような重厚さで、一人の人間で(もちろんアシスタントはいるが)これだけの世界を構築できるというのはマンガ描き以外なかなか成立し得ないのではないかとも思う。
b0189364_9124772.jpg ストーリーは、戦後の農地改革で農地を接収され、没落していく大地主一家を中心に展開される。傍目には立派な家柄であっても、内部では人間のドロドロした異常な欲望が渦巻いている。そこへ、終戦に伴い、出生していた次男が戻ってくる。彼がこの作品の主人公である。その後、彼の流転の人生が、700ページに渡り展開されることになるが、下山事件がモチーフとして現れるなど、戦後の世相を反映した半生記になっている。この作品の最大のモチーフは、長期に渡る少女監禁であるが、先日もオーストリアで数十年にわたる女性(親が実の子を監禁していたらしい)の監禁事件が発覚したばかりで、これも洋の東西を問わず続発する異常事件である。そういった猟奇的な事件でありながら、そこに至る過程も非常に自然に描かれていて、プロットにも破綻がない。ストーリーはさまざまなモチーフが大伽藍のように組み合わされており、大河ドラマのような様相すらある。絵もしっかり描き込まれていて、手抜きもない。全体的に劇画タッチで、他の作家を思わせるようなタッチも随所に出てくるが、仕事は非常に丁寧である。
 ある意味、下山事件に対する独自の解釈でもあり、さながら手塚版『日本の黒い霧』とも言える。ただし最後の種明かしがわかりにくく、動機付けとしては少し弱いかなと思わせるものだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本の熱い日々 謀殺・下山事件(映画)』

by chikurinken | 2011-09-02 09:11 |
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