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竹林軒出張所

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『クジラと生きる』(ドキュメンタリー)

クジラと生きる(2011年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル
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 またしても、NHKのクリーンヒット。一時期低迷していたように思ったが、最近のNHKスペシャルは、『原発解体』のときも感じたが、ジャーナリズムとしての攻めの姿勢が窺えてとても良い。
 前に『イルカを食べちゃダメですか?』と言う本を紹介したときに(竹林軒出張所『イルカを食べちゃダメですか?(本)』を参照)、「是非、この内容(クジラ漁が追い込まれている現状)を映像化して、ニュース番組などで大々的に取り上げてほしいものだと思う」と書いたが、このNHKスペシャルはまさにそういう番組である。しかも、食文化の面を中心に論理を展開していて、非常に説得力を持つ内容になっている。また、反捕鯨運動側(シーシェパードという団体)の卑劣な運動方法や自己中心性もあぶり出されていて、映画『ザ・コーヴ』(反捕鯨を主張する映画)に対するアンチ・テーゼとしても十分に機能している。本当は『ザ・コーヴ』も見て、真っ白の状態で双方の主張を判断するのが良いのだろうが、『ザ・コーヴ』の意図的に作られた悪意に満ちた映像(このNHKスペシャルで一部紹介されている)を見てしまうと、あの映画を見ようという気も失せてしまう。
 たとえば『ザ・コーヴ』では、激昂してヤクザのように言葉を荒げてカメラに突っかかってくる漁師が登場して、漁師が極悪非道の人間であるかのように描かれているが、このNHKスペシャルで、反捕鯨団体の人間がどうやって漁師を挑発してこういう映像を撮っているかが紹介されていて、「ドキュメンタリー」映像の裏側が覗けたような気がする。普通、これだけのことをされたら誰でも怒り狂うだろうと思う。小型カメラを構えた多数の人間(反捕鯨団体側)が、漁師を取り囲んで罵声を浴びせたり、仕事に向かおうとする漁師の車を取り囲んで邪魔をしたりで、端で見ていても非常に不快感を感じるようなものであった。通常であれば脅迫や威力業務妨害に相当するんではないかと思うが、はなはだ気分が悪い映像だった。
 『ザ・コーヴ』で話題になったというクジラの殺戮シーンについても、それぞれの主張が紹介される。反捕鯨団体側は、こういうシーンを公開することで、世論に残虐性を訴えていて、一方で漁師側はシートで覆うことでそれを隠そうとしている。それについて反捕鯨団体の人間が、人間として恥ずかしいことをしているから見せたくないのだろうと迫るが、これに対して漁師たちは、牛や豚でも屠殺シーンを見せたら、誰でも反感を抱くだろうと言う。漁師にとってはこれは虐殺ではなく屠殺なのであって、それが意図的に世論の操作に使われているのでこれを隠すと言うのだ。それでも反捕鯨の人間はそれを隠し撮りし、その映像をネットで公開して、世論をどんどん味方に付けているという現状がある。
 今回のNHKスペシャルで見る限り、むしろマイノリティは漁師側のようにも見え、世論を操作したマジョリティであるアメリカ人が、自分たちの論理でマイノリティを強制的に排除する構造さえ見えてくるようであった。アメリカ人がこれまで(先住民や中南米に対して)世界中で展開してきた、かれらの「善意」に基づく利己的な暴力が垣間見えるような気がする。
 僕としては、この番組に登場する数人の中学生(!)が展開していた論理が、実に真理を突いていると思った。つまり、ある動物を食べない人が、その動物を食べる人に対して、かわいそうだと言う理由でやめろと迫るのはおかしいという論理である。しかもそれを迫っている人々自体、別の動物を食べているのだ。
 また、漁師の一人が言っていた言葉も説得力がある。クジラを食べるのをやめたとしても、その分、別の動物からタンパク質を摂るんなら、奪う命を減らすことにはならない。人間が生きるために命を奪わなければならないんなら、命を奪う対象(この場合クジラ)について難癖を付けるのではなく、その命に感謝していただくのが筋なんじゃないか……と言うのである。お説ごもっともで、いかにも日本人的な発想だと思う。こういう発想は利己的な「合理」主義者にはできないんだろうなと思う。
 要するにこの捕鯨の問題は文化的な問題なのであって、それを政治や環境の問題にすり替えることに問題があるという、そういう主張が展開されたドキュメンタリーで、その辺の図式が非常にわかりやすかった。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『イルカを食べちゃダメですか?(本)』
竹林軒出張所『イヌイットの怒り(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2011-05-23 10:01 | ドキュメンタリー
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