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竹林軒出張所

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『一刀一絵 江戸の色彩を現代に甦らせた男』(本)

b0189364_1353737.jpg一刀一絵 江戸の色彩を現代に甦らせた男
立原位貫著
ポプラ社

 著者の立原位貫という人は、浮世絵師である。異色なのは、彼が絵師、彫り師、刷り師の仕事をすべて一人でやっているという点である(浮世絵は完全分業制)。しかもすごいのは、彼が江戸時代に使われていた絵の具や紙など、ありとあらゆるものを復刻して、江戸時代の浮世絵を完全に再現したという事実で、それ以上にすごいのは、彼がこういったことをすべて、まさしくゼロから始めている点である。
 本書では、著者の半生が語られるが、同時に著者の真摯さ、芸術家としての真面目さ、人間性や豪快さまで伝わってきて、大変好感が持てる。同時に何か性格や方向性、志向に至るまで自分に近い感じを受けて、心地良かった。
 著者は、高校卒業後さまざまな仕事に就きながら、やがて浮世絵に出会い、市販の安物の彫刻刀、ばれん、絵の具を使って、浮世絵を模写してみる。ここから浮世絵師としての活動が始まる。別の仕事をしながらも帰宅してから浮世絵に打ち込むという日々が続くが、そのうちにこれが天職であると悟り、仕事をやめて浮世絵の復刻(というか模写)にうちこむ生活が始まる。もちろんこれで食べていける保証もなかったが、何か感じるところがあったに違いない。復刻を続けながらも、使っている道具や紙に物足りなさを感じるようになって、江戸時代に作られたときと同じものが欲しいと思うようになる。だが今となっては当時の紙や絵の具はほとんど残っていないため、古い仕事を伝えている人々の元にみずから出向き、こういうものが欲しいので作ってくださいと頼み込むのである。このあたりの思い込みもすごいが、その執念もすごい。技術にしても、誰かの弟子につくわけでもなく、独学で試行錯誤を積み重ねながら、「本物」と思われるものを掴んでいくのである。時間がかかる地道な作業ではあるが、これが芸術に臨む際の王道である。ただ、通常であれば、大勢の人間が長い時間をかけて成し遂げるところを、この立原位貫氏は、すべて自分一人でやってのけているのだ。それは単に浮世絵を復刻するという作業ではなく、浮世絵を取り巻くありとあらゆる技術と環境を復刻するという、巨大なプロジェクトでもある。まさに奇跡的な存在と言ってよい。
 この復刻の過程が、著者の口から語られていく。文章は非常に読みやすく、しかも説明が必要十分で、読むときも大変快適に読み進めることができた。本文で言及される絵は、言及箇所に近いページに白黒で紹介されていて、これも親切である。巻頭には、このうち何枚かの絵がカラー口絵として出ていて、立原氏の仕事を確認できるようになっている。とにかく全体的に非常に親切で優しい印象が残る本なのである。これも著者の人間性の反映ではないかと思うが、わかりやすい構成になっているからといって内容が薄いなどということもなく、密度は非常に高い。できることなら、この立原氏の仕事を詳細に残して、次の世代にそのノウハウを伝えてほしいと思う。ご本人の意向もそのあたりにあるようで、その辺は少しばかり安心するところである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『幻の色 よみがえる浮世絵(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2011-03-17 13:06 |
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