ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『吾輩は猫である』(映画)

吾輩は猫である(1975年・芸苑社)
監督:市川崑
原作:夏目漱石
脚本:八住利雄
潤色:市川崑
出演:仲代達矢、波乃久里子、伊丹十三、岡本信人、島田陽子、岡田茉莉子、篠ヒロコ、篠田三郎、前田武彦、左とん平、三波伸介、神山繁

『吾輩は猫である』(映画)_b0189364_20371655.jpg 夏目漱石は好きな作家で、その中でも『猫』は一番好きな作品の1つである。かつて大学で日本近代文学(特に漱石)を研究している先輩に「漱石が好きだ」と言ったところ、その人が非常に乗ってきて、とは言ってもあちらは晩年の作がお好みのようで話がかみ合わず、あげくに「君の好きなのは『猫』とかそういったものなの?」とあきれ気味に言われたことがある。今でもはっきりと憶えているのは非常に不快感を感じたためである。つまり「通俗的なイメージがある『猫』がダメで、崇高なイメージがある晩年の(退屈な……と僕は思っているんだが)ものだったら良いとでも言うのか!」と言うような反感を持ったのであった。それに、あざけり気味の調子が気に食わなかったこともある。逆にこちらとしては、あの『猫』の諧謔性や「上品な可笑しみ」の味わいがわからないかなと言いたくなるところだ。ま、とにかくそういうわけで、僕の中では『猫』と『三四郎』が一番なのである。
 さて、その『猫』の諧謔性や「上品な可笑しみ」を見事に映像化したと僕が思っている映画が、この市川崑が監督した『吾輩は猫である』である。以前、ものすごくカットされて短縮されたバージョンをテレビ放送で、しかも途中から見たことがあるんだが、そのときに非常に感銘を受けた記憶がある。ともかく、原作の持つ味わいを巧みに再現できていることに感嘆したのだった。そのときから市川崑のすごさというのを理解したわけだが、いずれ機会があればノーカットで通して見てみたいと思っていたところ、先日スカパーで放送され、それをこのたび拝見したという次第。
 でやはり、以前と同じように、非常に楽しめたのであった。映画は、原作よりもう少し「苦沙弥先生寄り」になっているが、原作みたいに猫を主人公にしてずっとナレーションで語られるより、この映画のように「苦沙弥--つまり漱石の日常風景」みたいに淡々と描く方が、原作の味わいをうまく伝えることができると思う。そういう意味でも、この脚本、潤色は成功である。
 またキャスティングが絶妙で、仲代達矢の苦沙弥先生は漱石そっくりで、僕が持つ漱石のイメージにきわめて近い。神経衰弱具合も巧みに表現されている。その周辺のちょっととぼけた人達(迷亭や寒月、東風など)も伊丹十三、岡本信人、篠田三郎らが飄々と演じていて、原作の可笑しみが伝わってくる。漱石作品の持ち味をほぼ完全に翻案できているという点でも、漱石映画ではおそらく最高レベルの作品ではないかと思う。このスタッフ、キャストで作られた『三四郎』も見てみたい(実際には存在しないが)と思わせるような映画で、文芸物はかくありたいと感じられるような作品であった。地味な映画ではあるが(そのせいかDVDは出ていない(注:その後発売された))。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『おとうと(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『野火(映画)』
竹林軒出張所『太平洋ひとりぼっち(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『夏目漱石のこころ(映画)』
竹林軒出張所『三四郎(本)』
竹林軒出張所『漱石の印税帖 娘婿がみた素顔の文豪(本)』

by chikurinken | 2011-02-16 11:59 | 映画
<< 光がきた 『夜』(映画) >>