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竹林軒出張所

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『二度はゆけぬ町の地図』(本)

二度はゆけぬ町の地図
西村賢太著
角川書店

『二度はゆけぬ町の地図』(本)_b0189364_7555852.jpg 今年の芥川賞受賞作家、西村賢太の短編集。
 僕はあまり小説も読まないし、ましてや芥川賞なんてまったくもって興味はないが、今年の受賞記者会見で「(受賞通知があったときに)風俗に行こうと思っていたが行かなくて良かった」なぞと痛快なことを言っていたので、非常に興味を持った。また、自分のだらしない半生をしたためた私小説を書いていると聞いてますます興味を持った。今どき自分の恥ずかしい生活をさらけ出す作家は非常に少ない。これまでの芥川賞受賞作家を見てもわかろうというもの(ホントのところはよく知らないんだが)。そういうわけで、速攻で図書館で予約した。予約したのが受賞日の翌日だったこともあり、僕のところには割と早く届いたが、今確認してみると10人が予約待ちになっている。待っている皆さん、大変ですな。でもじきに返却するんでしばしお待ちを。
 さて、本書であるが、「品屡(ひんる)の沼」、「春は青いバスに乗って」、「潰走」、「腋臭風呂」の4編で構成される。「腋臭風呂」を除く3編は著者が若い頃の、だらしなくそしてどうしようもない青春時代を書き綴った私小説で、読み応えがあった。
 「品屡の沼」と「潰走」は、中学を卒業した後、日雇い仕事に明け暮れ、その日暮らしを送る「貫多」というだらしない男が主人公である。日銭は稼ぐが、それを酒や風俗で使ってしまい、家賃を滞納しては大家ともめる。自分につらく当たる人間は憎んで、心の中で悪態をつく。利己的で身勝手でなおかつ暴力的な男だが、しかし程度の差こそあれ、青春時代なんてものは誰でも大体似たようなものである。そういう意味で、自分はこれほどひどくはなかったと思いつつ、共感するところも多い。その大人げなさが少し可笑しくもある。文体はやや古めかしい(著者が愛する藤澤清の影響か)が、逆に、破天荒な主人公の行動との間にギャップが生じて、なにやらユーモラスな空気さえ漂う。主人公ははちゃめちゃで、その周辺は汚らしささえ漂うが、小説としては大変面白い。この2編は、対象となっている時代も近く、後者が前者の続編と見て良いだろう。
 他の2作は「私」が主人公の短編である。「春は青いバスに乗って」も、おそらく若い頃の著者の実話が基になっているんだろうが、留置場内の話である。「刑務所の中」ならぬ「留置場の中」である。僕は留置場に入ったことがないので、こういった疑似体験ものは非常に歓迎するところで、大変興味深い内容だった。また、主人公が感じた、留置場の内外の空気の差が非常にストレートかつ詩的に伝わってきて、むしろ爽快ささえ感じた。「春は青いバスに乗って」というタイトルも良い。
 最後の「腋臭風呂」は、若い頃の想い出と現在とを対比させて配置させた作品で、タイトルが示すとおり、臭いが漂ってくるようで少し気分が悪くなる話である。だが話としてはユニークで非常に面白かった。
 この『二度はゆけぬ町の地図』(このタイトルも良いよなぁ)は、私小説の面白さを十分感じることができた一冊で、僕も自分の過去のことを少し書いておこうかなという気分にさえなった。薄汚い青春時代でもやはり書き残しておくべきことがあるんじゃないか……そんな風な感慨を持ったのであった。久しぶりに読んでよかったと感じた小説だった。もう一冊、『人もいない春』という本も借りたので、こちらもいずれ読んでみるつもりだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『刑務所の中(本)』
竹林軒出張所『刑務所の前 (1)〜(3)(本)』

by chikurinken | 2011-02-06 22:55 |
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