ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

iPadの衝撃 その1

 アップルがもうすぐiPadを発売するが、iPadの発売で、新聞・出版が大きなパラダイム・シフトを迎えるのは間違いないだろう。かつてiPodが音楽産業に与えた影響を上回る衝撃を新聞・出版産業に与えるのではないかと思われる。そこで、iPad発売を控えたこの時期に、iPadについて考察しておこうと思う。

iPodの衝撃
 新しい発明というのは、発明者個人が突発的に世の中に送り出したのではなく、社会的な土壌ができあがり、そこにさまざまな発明や改良が現れ、最終的に実用になったものがいわゆる「発明」になるんだそうだ(『発明はいかに始まるか』参照)。グーテンベルグもライト兄弟もジェームズ・ワットもしかりである。
 アップルがiPodを世の中に出して、音楽界にパラダイム・シフトを興した状況を考えてみるとわかりやすい。当時、アップルは、携帯プレイヤーの元祖ではまったくなく、すでにMP3プレイヤーは相当数世の中に出ており、しかも価格もこなれたものになっていた。つまり1つの市場としてできあがっていた。また、iTunesのような、パソコンで音楽を管理するタイプのソフトも結構普及しており、そういう意味ではアップルが特段目新しいことをやったわけではない。強いてアップルの功績を挙げるならば、iPodに大容量のハードディスクを搭載して大量の音楽データを持ち運べるようにしたことと、パソコンとの統合を洗練されたものにしたこと、さらに音楽の電子版の販売もそこに統合したことである。だがおそらく、後世から見ると、音楽媒体の電子化の発明者はアップルということになるんだろう。
b0189364_122381.jpgb0189364_1201619.jpg 当時の状況は、MP3形式が一般的になって、それまでCDなどの形でしか持ち運べなかった音楽をパソコンに保存できるようになった……という状態であった。これは当時のユーザーにとっては衝撃であった。CD1枚分の音楽データをパソコンに入れると650MBほどの容量を消費するのだが、MP3形式に変換すればこれが1/10くらいの容量になる。当時のハードディスク容量はおそらく1GBから5GBが一般的だったのではないかと思うが、CD1枚が50MB程度であれば数枚分はパソコンに保存できるということになる。かく言う僕も、よく聴く曲に限ってだが、パソコン上に取り込んで、ジュークボックスみたいにしてよく聴いていた。その際、僕が使っていたソフトはSoundJam MP Plusというものであった(Mac版、WindowsではWinAmpを使っていた)。このMP3形式の曲を持ち歩くために、ソニックブルー製のRioというMP3プレイヤーも買った。容量が128MBで値段は1万円もしなかったと思う。すでにこなれた値段だったことがおわかりいただけると思う。軽い上に衝撃にも強いので、ジョギングで使うのに最適だった。USBメモリーと同じように使える(USBメモリーにもなった)ので、曲はパソコン上で通常のファイルと同じような方法でコピーしていた。
 こういった状況でアップルがiTunesとiPodを投入してきたわけである。だからアップルが出てきたときにはすでに土壌はできあがっていたことになる。その後は、先ほども言ったように、アップルの一人勝ちの状況になっていった。ちなみにiTunesは、SoundJam MP Plusを母体にして作られたものである。結局、SoundJam MP Plusはアップルに売却され、その後廃止されることになった。このソフトを購入して使っていたユーザー(僕も含む)は、サポートが打ち切りになった上、しかもアップルが無料で同様のものを出すということになって、大いに馬鹿を見た。
第2回に続く)
上の図はどちらもSoundJam MP Plus。「スキン」を変えることで外観をこのように変えることができる。僕は下のスキンを使っていた。

参考:
竹林軒出張所『iPadの衝撃、もといiPod Touchの衝撃』
by chikurinken | 2010-03-31 12:05 | 社会
<< 『地下水道』(映画) 『火の魚』(ドラマ) ラストが... >>