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竹林軒出張所

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『ハチはなぜ大量死したのか』(本)

ハチはなぜ大量死したのか
ローワン・ジェイコブセン著、中里京子訳
文藝春秋

『ハチはなぜ大量死したのか』(本)_b0189364_10281450.jpg とても真摯で良い本なのだが、はなはだ読みづらい。翻訳もそれほど悪いわけではないんだが、文章のリズムが悪いのか、とにかく読むのに時間がかかった。
 『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルが提起する疑問、つまりハチが大量死した原因の究明は前半でほぼ終了する。前半を読めば、ネオニコチノイド系の農薬が大きな原因だということがわかる。だが、後半に入ると、著者の主張は一変し(そういう印象)、それが原因の1つではあるが、本当のところは複合汚染なんだよと言われてしまう。それに続いて、あまりにも経済原則に縛られている養蜂、農業、食物産業などの問題点を指摘し、自然に根ざした本来のあり方に戻るべきだという主張が出てくる。つまり本書の主張は、そういうことなのである。僕自身、これについてはまったく同感で、食品ジャーナリストが書いた「農業の自然回帰を勧める本」としてこの本を読んでいれば、まったく不服はなかったのだろう。だが、『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルに引きずられていたせいか、相当な違和感に支配されることになった(特に後半)。
 原題が『Fruitless Fall - The Collapse of the Honey Bee and Coming Agricultural Crisis』、つまり『実りのない秋 - ミツバチの崩壊と来るべき農業危機』だから、このタイトルは本書の内容を過不足なく表現している。地味だがすばらしいタイトルである。なぜ、日本語版に『ハチはなぜ大量死したのか』というタイトルを付けたのか、まったくもって疑問。まさに「看板に偽り」で、すばらしい本だったものが、結果的に一貫性を欠いたまとまりのない本になってしまっている。非常に残念。タイトルの重要性にあらためて気付かされたが、本書の日本語版スタッフに対しては怒りを禁じ得ない。
 ここまでは、日本語版に対する批判である。

 ここからは、内容の要約(ネタバレ注意)。
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 アメリカとヨーロッパで、巣箱のミツバチが突然いなくなるという蜂群崩壊症候群(CCD)が頻発しているという。養蜂家や学者などが原因をたどったところ、蜂群にダメージを与えるミツバチヘギイタダニ、この寄生虫に対する駆除剤、さまざまなウイルスなどが原因ではないかということがわかったが、最終的にネオニコチノイド系の農薬が大きな影響を与えているのではないかということが判明した。これは養蜂家の直感とも一致する事実である。ネオニコチノイド系の農薬というのは、農産品の種を浸けるだけでその植物の生涯にわたりその植物全体に浸透するというもので、この植物の一部を食べた昆虫に対し、神経を攪乱させる作用を及ぼす。その葉や茎、実を食べた昆虫は、急性アルツハイマーのような症状を呈して、やがて死んでしまうという。で、その農薬が浸透した花粉や蜜を食べたミツバチが、巣箱に戻れなくなったことで消えてしまったのではないかという結論である。
 一方で養蜂が現在さらされている状況も大きな原因になっている。つまり大量の収量をあげるため、薬品や抗生物質の投与、(トラックによる)巣箱の遠距離移動など、ミツバチに対して過剰なストレスをかけている。それは他の食肉産業や農業でも見られる収奪型の形態で、本来自然と密接にかかわりながら行わなければならない産業であるにもかかわらず、経済的な「合理性」に引きずられて当事者や消費者たちが陥ってしまった病である。そこから抜け出るのは非常に難しく、最終的に自然を破壊することにつながる。今のCCDの頻発というのは、こういう状況を示しているのではないか。これが本書の主張である。
 ミツバチが自然の中で果たしてきた役割(つまり受粉だが)は非常に大きく、ミツバチが今のような状態で姿を消せば、植物の種(しゅ)が大幅に減ることは目に見えており、生態系に対する影響は計り知れない。養蜂だけでなくあらゆる食品産業で自然に回帰することが必然になる。
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 このように主張がしっかりしていて非常に良い本である。先ほども書いたが著者は食品ジャーナリストだ。もう一度言うが、学者が書いた「ミツバチがいなくなった原因を究明した本」ではない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ミツバチの会議(本)』
竹林軒出張所『ニホンミツバチが日本の農業を救う(本)』
竹林軒出張所『銀座ミツバチ物語(本)』
竹林軒出張所『欲望の植物誌 人をあやつる4つの植物(本)』
竹林軒出張所『土の文明史(本)』
竹林軒出張所『映像詩 フランスの田園(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2009-08-27 10:30 |
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