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竹林軒出張所

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『日本語ぽこりぽこり』(本)

b0189364_20164837.jpg日本語ぽこりぽこり
アーサー・ビナード著
小学館

マルチリンガルの詩人
ならではの視点が面白い


 英語と日本語を駆使する詩人アーサー・ビナードのエッセイ集。タイトルは、所収エッセイ「夜行バスに浮かぶ」で紹介されている夏目漱石の俳句「吹井戸やぽこりぽこりと真桑瓜」から来たもの(だと思う)。
 エッセイはどれも(やや脱力気味ではあるが)ウィットが効いていて面白い。特に日本語に関するものが目を引く。日本語に翻訳された詩の誤訳を指摘したものもなかなかに興味深い。
 また(雑誌の企画のために)日本ならではの「体のための商品」を集めたというエッセイ(「三年前の夏の土用にぼくが死にたくなかったワケ」、初出は『新日本文学』)が実に秀逸。このエッセイ集の中で一番長いものであるため、目玉だったのかも知れない。ABOBAコンドームや陰毛用かつらなどを入手して雑誌社に送ったという内容の話ではあるが、少しとぼけたタッチで書き連ねており、著者のエッセイの特徴がよく発揮された一本と言える。
 著者は日本在住が長いようだが、日本文化を外の目から見るという視点が貫かれていて、その視点は多くのエッセイに反映されている。一方でアメリカに住んでいた頃に経験した話もあり、そのときの経験が日本との比較文化的な視点で記述されたりする。こういった2種類のものが併存しているのはこの著者ならではであり、その部分が一番の魅力と言えるかも知れない。概ねどのエッセイも面白かったが、最後の「オマケのミシシッピ」(著者のミシシッピ川に対する思いを盛り込んだ旅行記、初出は『翼の王国』)は、あまり面白味を感じなかった。しかもかなり長い一編で、この一本のおかげで最後はかなり退屈してしまった。
第21回(2005年) 講談社エッセイ賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ちいさな言葉(本)』
竹林軒出張所『本当はちがうんだ日記(本)』
竹林軒出張所『小説より奇なり(本)』
竹林軒出張所『子どもはみんな問題児。(本)』
竹林軒出張所『かつをぶしの時代なのだ(本)』

# by chikurinken | 2017-06-25 07:15 |

『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄』(ドキュメンタリー)

罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父
(2009年・東海テレビ)
監督:齊藤潤一
撮影:板谷達男
ナレーション:藤原竜也

死刑制度について考える、その2

b0189364_19202681.jpg 死刑制度について問い直すドキュメンタリー。
 世界的に見ると、独裁国家を除き、死刑制度は明らかに廃止の方向に進んでいるが、今の日本では、八割の人が死刑存続を望んでいるらしい。死刑存続を望んでいるという人々に訊いてみると、多くは犯罪抑止力がある、被害者の心情を汲むべきなどと言い、そういった通説を論拠にしているらしい。しかし実際は、犯罪抑止力には関係ないということが判明している(らしい)し、被害者の心情も本当に「奴らを殺せ!」というものなのか、にわかに判断しがたい。そこらあたりを森達也が『死刑』で追究していたが、このドキュメンタリーの趣旨も同じところにある。副題を見てもわかるように、娘を奪われた母、弟を失った兄、息子を殺された父という3人の被害者家族が、加害者に対してどう考えているかを追っている。
 結論を言えば、1人は加害者の死刑に反対する立場、1人は加害者の極刑を望む立場、1人は極刑を望みはするが死刑に対して少しずつ疑問を感じ始めているという立場で、三者三様である。もちろんどの被害者家族も加害者に対して憎悪を持ち、決して許せないと感じている点は共通しているが、加害者を殺すことが必ずしもベストの解決策ではなく、一生贖罪させる方が良いのではと考え始める人もいるということである。したがって、まったく無関係の他人が、「被害者の心情を考えると断固死刑」などと言うのはまったくのお門違い、お節介、無節操ということになる。このドキュメンタリーに登場する3人の一人、娘を理不尽に殺された女性は、1人殺しただけでは死刑判決が出ないのが通例であることを不服に思い、加害者を死刑にするための署名を全国的に呼びかけた。結果、なんと30万人もの署名が集まったのだった。つまり事件とまったく関係ない30万の人間が、加害者を殺せと要求したわけである。赤の他人が、まったく関係ない人間に対して、たとえそれが凶悪殺人者であろうと、存在が気に食わないから殺せというのはいかがなものかと思うが、これが日本の現状である。おそらくここで署名した人々は、あいつが気に食わない、あの人がかわいそうという程度の気持ちから「殺す」ことを要求しているのだろうが、それならば少なくとも公権力が人を殺すということについて、少し考えをめぐらせるくらいのことはやっても良いんじゃないか。
 このドキュメンタリーの趣旨は、おそらくそういうことなのだろう。その点では『死刑』と非常によく似ている。また、死刑が執行される刑場の映像、刑死者の首の写真なども出てきて、リアルな死刑を少しだけ実感することができ、その点でもあの著作と非常に重なる。さらに元刑務官の坂本敏夫のインタビューまであり、どこまでもあの著書と重なる。ディレクターが森達也かと思うほどである(実際は違う)。
 死刑に賛成か反対か表明する前に、少なくとも死刑がどういうものであるか考えるべきで、そのための資料としても非常に有用な番組である。『死刑弁護士』『光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日』などを製作した東海テレビならではのアプローチで、東海テレビのドキュメンタリーはやはりすごいと感じてしまう。
第18回FNSドキュメンタリー大賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『死刑(本)』
竹林軒出張所『ぼくに死刑と言えるのか(本)』
竹林軒出張所『死刑弁護士(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『裁判長のお弁当(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『検事のふろしき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『永山則夫 100時間の告白(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヤクザと憲法(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホームレス理事長(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青空どろぼう(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『長良川ド根性(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-23 07:19 | ドキュメンタリー

『光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日』(ドキュメンタリー)

光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜(2008年・東海テレビ)
監督:齊藤潤一
撮影:岩井彰彦
ナレーション:寺島しのぶ

学校や会社でのいじめに通じる
日本人の集団ヒステリー状態について考える


b0189364_18345595.jpg 光市母子殺害事件について、弁護団の視点から見てみようというドキュメンタリー。
 被害者側が積極的にマスコミに登場して加害者の死刑を訴えたり、被害者を愚弄するかのような加害者の手紙が公開されたりしたこともあり、社会が集団ヒステリー状態になって「加害者を殺せ」の大合唱になった、あの事件である。あげくに(人権感覚が著しく欠如した)ある弁護士が、担当弁護士たちの懲戒請求を要求するようテレビで訴えるなど(しかもこれに応える形の愚かな懲戒請求書が7500通以上届いたらしい)、周囲でもいろいろ「事件」が起こった。おかげで担当弁護士たちは、皆責任感から手弁当で弁護を買って出ていたにもかかわらず、脅迫やバッシングに遭い、結構ひどい目に遭ったらしい。
 一方でその弁護士たちがなぜこの事件にあれほどコミットしたかも、このドキュメンタリーで明らかにされている。このドキュメンタリーは、言ってみれば、あのときの異常な集団ヒステリーを(バッシングされる側という)逆側からの視点で照射するもので、当時こういった類の報道が皆無であったことを考えると、非常に価値の高いドキュメンタリーと言える。オウム騒動を扱った『A』などと同様、こういうマスコミが存在していたことがまだ救いであると言える。
 少年に対して死刑を適用すること、死罪として処理することで真相がわからないままになり加害者による贖罪がおこなわれなくなること、「被害者側の心情」という発想で報復的な罰を施すことなどについても、本来であれば熟考すべきであり、マスコミにはそれをリードする役割があるはずなのに、そういった一切を放棄し言ってみれば集団リンチに加担したこと(毎度のことではあるが)は、日本のマスコミの汚点の1つである。事件が決着した後、そういったことを冷静に振り返るのは非常に大切で、わずかに残されたマスコミの良心がこのドキュメンタリーに結実したと考えることもできる。
 ネット社会になってから、思考を欠いて自分の情緒(それも乏しい経験に基づいた非常に素朴な感情)だけで行動する愚者が増えているのは世界的に共通のようだが、そういう社会であるからこそ、さまざまな視点が呈示されるべきである。そういう意味でも価値の高いドキュメンタリーと言える。死刑弁護人、安田好弘も登場。
日本民間放送連盟賞最優秀賞、芸術祭優秀賞、ギャラクシー賞優秀賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死刑(本)』
竹林軒出張所『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホットコーヒー裁判の真相(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『裁判長のお弁当(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『検事のふろしき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヤクザと憲法(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホームレス理事長(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『長良川ド根性(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青空どろぼう(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『FAKE(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-22 07:34 | ドキュメンタリー

『検事のふろしき』(ドキュメンタリー)

検事のふろしき(2009年・東海テレビ)
監督:齊藤潤一
撮影:塩屋久夫
ナレーション:宮本信子

他の東海テレビ司法番組と違って
検察官には親近感を持てなかった


b0189364_20533466.jpg 日本の裁判のあり方を問い続ける東海テレビが、今度は検察官の日常のドキュメンタリーを作った。『裁判長のお弁当』の続編みたいな位置付けのドキュメンタリーである。
 普段はその日常を一切カメラの前に曝すことがない検察官だが、おそらく2009年に裁判員制度が導入されることがきっかけで、検察庁もこういった形で広報することになったのではないかと思われる。数人の検事に密着してその仕事にスポットを当てるんだが、なぜかわからないがあまり目新しさを感じない。今まで覗いたことがないようなシーンのはずだが、どれも想定内なのか、その辺りはよくわからない。
 こういう司法ドキュメンタリーで一番物足りないのが、司法関係者の一番の仕事、つまり実際の裁判の状況が紹介されないということで、法廷内の様子がテレビで公開されることがないため仕方がないといえば仕方がないのであるが、このドキュメンタリーではなんと、ある刑事事件の法廷で検事が有罪を主張する(生々しい)シーンが出てきて、実際の検事の仕事を垣間見ることができる。実はこれは、裁判員裁判を前に全国で行われた模擬裁判の一環であり、今回の取材対象である名古屋地裁でも同様の模擬裁判が行われ、その風景が撮影されたものである。この模擬裁判、全国で同じ事案について行われたらしく、模擬裁判員の立ち会いの下、実際の司法関係者が有罪、無罪を争うというものだったらしい。ちなみにこの事案、圧倒的に証拠が不十分で、推定無罪の原則から行くと無罪になるのが当然な案件なんだが、全国の多くの裁判所で有罪判決が出ていたらしい。これはちょっと驚き。
 また、若い女性検察官が、人が殺されたんだから容疑者を有罪にしなければならないと語っていたのも少々驚き。容疑者が実際の犯人かどうかはどちらでも良いと言わんばかりの態度に幼稚さを感じたが、これが検察官の一般的な考え方なんだろうかなどと考えてしまった。もちろん検察官は容疑者を起訴するのが仕事ではあるが、日本の有罪率99.9%という恐るべき数字もあるいはこういった意識から来ているのかと感じた。
 検察官に親近感を持たせるような、一見検察の宣伝であるかのような番組ではあったが、その実、検察官の歪んだ意識みたいなものが見て取れ、そのあたりが実は東海テレビの狙いだったのではないかと、見終わった今になって感じている。検察官おそるべし。東海テレビもおそるべし。
ギャラクシー賞奨励賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『裁判長のお弁当(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヤクザと憲法(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホームレス理事長(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『長良川ド根性(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青空どろぼう(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-21 06:53 | ドキュメンタリー

『裁判長のお弁当』(ドキュメンタリー)

裁判長のお弁当(2007年・東海テレビ)
監督:齊藤潤一
撮影:板谷達男
ナレーション:宮本信子

一裁判官の仕事から
日本の司法制度の構造的な問題点をあぶり出す


b0189364_19243675.jpg 名古屋地裁の裁判長に密着して、世間にあまり知られていない裁判官の仕事や働きぶりなどにスポットを当てるドキュメンタリー。
 これまで裁判官の日常が映像で紹介されるようなことはほとんどなかったらしいが、さすが東海テレビ、裁判所に取材を申し込んでみたということらしい。裁判所側も、開かれた司法を目指していたためかどうかわからないが、条件付きでOKを出したということで、この辺は放送局側にとっても予想外だったようだ。条件というのは、裁判官の家庭での様子は撮影しない(妻子に危害が及ぶ可能性があるため)、パソコンのモニターに映っている判決書の草稿は撮影しない(事前に判決が漏れる可能性があるためだろう)、裁判官同士の合議(判決をどうするかの話し合い)は撮影しないなど。どれもまあ筋が通っているが、合議の様子は見てみたいところではある。
 さて、今回撮影対象になったのは、天野裁判長という人で、何でもくじで外れて選ばれてしまったということらしい。この裁判官、早朝から夜遅くまで勤務していて、そのために昼食用と夕食用の2種類の弁当を持っているのだ。一般的に裁判官は、年間400くらいの事案に対して判決を書かなければならないらしく(しかもその数は増えている)、相当な激務であることは間違いない。
 このドキュメンタリーでは、退官した別の裁判官にも取材していたが、その裁判官は家に帰ってからも数時間仕事をしていたという。何でも過労死した場合に備えて証拠を残すため、仕事時間をメモしていたらしい(幸い過労死せずに退官できた)。背景として、判決の量をこなすのが裁判官の評価につながるという現状があるらしい。
 また一方で裁判官は、人付き合いも非常に限定されたものになる。家族は官舎に住み、官舎の家族とのつきあい以外、近所づきあいはほとんどないという。これはたとえば知人ができた場合、その知人を裁判で裁く可能性が出てくるためで、意図的に接触を避けているということなんだそうだ。このことが、裁判官が世間を知らないというようなことにも繋がり、世間の常識とかけ離れた判決が出される原因にもなっている(らしい)。
 この作品を製作している東海テレビは、これまで冤罪を取り上げたドキュメンタリーを数々作っていることもあり、なぜ間違った判決が出され冤罪が生み出されるのかという問題に真剣に取り組んでいる。そのせいか、このドキュメンタリーでは、問題意識が明確で、その原因まではっきりと指摘している。つまり仕事量に比べ裁判官の数が少なすぎること、(最高裁判所を頂点とするヒエラルキーのせいで)裁判官の独立性が保たれていないこと、そのために斬新な判決を出すことが左遷につながることなどが、諸悪の根源、冤罪がなくならない原因であると指摘しているわけだ。
 1人の平均的な裁判官の仕事姿を追うことによって、日本の司法制度の構造的な問題点を明らかにすることができているわけで、これはもうドキュメンタリーの鑑である。演出は淡々としていて、一見するとほとんど『はたらくおじさん』であるが、その実、非常に強力なメッセージ性を秘めている。大変貴重なドキュメントと言って良い。東海テレビのドキュメンタリーはやはりすごい。
第45回ギャラクシー賞大賞受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『検事のふろしき(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヤクザと憲法(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホームレス理事長(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『長良川ド根性(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青空どろぼう(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-20 07:24 | ドキュメンタリー

『“青い黄金”を追え!』(ドキュメンタリー)

“青い黄金”を追え!〜一獲千金 荒野のデニムハンター〜(2017年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

いろんな「ハンター」がいるもんですな

b0189364_08012307.jpg アメリカで廃坑や古家で古いジーンズ(ビンテージ・ジーンズ)を探し歩いている人たちがいて、こういう人たちはデニムハンターと呼ばれているらしいが、その中でも専業でこういう仕事をやっている人(ブリット・イートンって人)に密着する番組。他にもビンテージ・ジーンズの取引を専門にやっている人、販売をやっている人(日本人)なども出てきて、ビンテージ・ジーンズ界(?)がよくわかるような構成になっている。
 ビンテージ・ジーンズが高値で取引されるようになったのはこの20年で、この番組によるとその震源は日本らしい。日本でビンテージ・ジーンズがかつてのアメリカを象徴する品物として珍重されるようになったせいで、その価値観がアメリカ、ヨーロッパにまで広がっていき、今のように5万ドルで取引されるようなものまで出てきたという。そのためにビンテージ・ジーンズの特徴を表す用語に「ヒゲ」などの日本語が使われていたりする。
 番組自体は、デニムハンターのデニム探しがメインで、興味深く見ることができる。50分と比較的短い番組枠に凝縮されている印象で、よくできた番組と言える。ただ元々興味のある分野ではないため、それ以上の感慨はなかった。こういうのが好きな人には堪らないだろうが。ま、でも、そういった類のものでも気軽に接して知ることができるのが、テレビ・ドキュメンタリーの醍醐味と言えば言えるわけだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ヒマラヤのゴールドラッシュ(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-18 08:05 | ドキュメンタリー

『祇園 女たちの物語 お茶屋・8代目女将』(ドキュメンタリー)

祇園 女たちの物語 〜お茶屋・8代目女将〜(2017年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

安易に美化することはできないと思う

b0189364_07403180.jpg 京都、祇園のお茶屋の女将の物語。客に最高のサービスを提供することを旨として、これまで女将業を勤めてきた太田紀美さん。しかしすでに77歳で、体も以前のように無理が利かなくなってきた。娘に女将業を譲ることを考えているが、娘は割合ドライに接客を行うために、一抹の不安を抱えているという状況。
 なんでもこのお茶屋には、女将は結婚してはならない、ただし娘を産んで後を継がせなければならないというような(少し無茶な)家訓があるらしい。太田さんはすでに8代目で、彼女も未婚のまま娘を産んだという。世間の一般的な感覚からは大分ずれているように思えるが、それこそが祇園。江戸時代の花街の伝統がそのまま踏襲されていて、それがお客にとって魅力になっているからにはそれを踏襲するのが理想ということらしい。僕にはアナクロのようにも思えるが、本人さんたちがそれで良ければ、他人があれやこれや言うことではない。
 だが祇園には(今はどうかわからないが)旧態依然とした人権感覚がかなり続いていたようで、被害に遭った少女たちも多いと聞く。少なくともあまり美化することはできないんじゃないかと思う。この番組では、日本の伝統の一面としてお茶屋を描いているが、手放しで称賛することは僕にはできない。やはりどこかで、たとえば中国の纏足みたいな一種異様な感じを受けるのだがどうだろうか。番組は若村麻由美がナレーションを担当していて、全体的にジャパネスクな良い雰囲気を醸し出していた。普通に見ている分には、上記のような反感を抱いたりしないだろうが、どこか腑に落ちない自分がいる。一見美しい面だけを取り上げて美化するだけでは、物事の本質は見えてこない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『外国人が見た禁断の京都(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『舞妓の反乱(本) 再録』
竹林軒出張所『祇園・継承のとき 井上八千代から三千子へ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『祇園囃子(映画)』
竹林軒出張所『祇園の姉妹(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-17 07:41 | ドキュメンタリー

『バシャール・アサド 独裁と冷血の処世術』(ドキュメンタリー)

バシャール・アサド 〜独裁と冷血の処世術〜
(2016年・仏ILLEGITIME DEFENSE)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

バシャール・アサド概論

b0189364_21160061.jpg シリアに君臨するバシャール・アサド大統領について紹介するドキュメンタリー。
 シリアに長年に渡り独裁者として君臨したハーフィズ・アサドが2000年に死去し、その後継として指名されたのが二男のバシャール・アサド。当初は力量不足という見方もあったが、イギリス留学の経験があるなど国際感覚を持つ新しい指導者として欧米からは歓迎を受けた。
 折しもアラブの春の旋風がシリアにまで及び、反政府勢力が力を付けてくる。しかもアサド家は、シリアでは少数派のシーア派アラウィー派であるため、(バシャール本人の思惑とは異なり)多数派の国民からの信任が得られなかったこともあり、次第に反動化していく。反政府勢力だけでなく国民に対して武力を行使するようになり、あげくに民間人に対して化学兵器を使用するなど大弾圧を繰り返すようになる。このため、シリア国民だけでなく、欧米諸国からも反発を受けることになる。結果的に外国からの支援を受けた反政府勢力が力を伸ばしていき、バシャール政権の命運が尽きるのも時間の問題と考えられるようになった。
 そんなときバシャールは、隣国のイラク、そしてシリア国内でも勢力を伸ばしてきたISを利用し、バシャール政権を、この凶悪テロリスト組織から世界を守るための防波堤と位置付けるような印象操作を国外に対して展開するようになる。これが奏功したのか、バシャール政権はロシアなどの支援を受けることができ、それがために今でも一定の勢力を保つことができている……これが現状である。ただ一説によると、生命線であるISに対して裏で武器供与などの支援すら行っているという話もある。また、現在バシャール政権が支配している領域もシリア国内の半分以下という有様で、今後の展開は予断を許さない。そういった状況を紹介していくドキュメンタリーがこれである。
 一種の報道番組ではあるが、状況を整理して非常にわかりやすく紹介しているため、背景がよく把握できる。特にISとの関係はちょっと予想外で(あるいはすでに報道されていたことなのかも知れないが)、個人的には目を開かれた思いがした。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『イスラーム国の衝撃(本)』
竹林軒出張所『過激派組織ISの闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『追跡「イスラム国」(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“イスラミック ステート”はなぜ台頭したのか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“アラブの春”が乗っ取られる?(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-16 07:15 | ドキュメンタリー

『レディ・チャタレー』(映画)

レディ・チャタレー(2006年・仏英ベルギー)
監督:パスカル・フェラン
原作:D・H・ロレンス
脚本:パスカル・フェラン、ロジェ・ボーボ、ピエール・トリヴィディク
撮影:ジュリアン・イルシュ
美術:フランソワ=ルノー・ラバルテ
衣装デザイン:マリー=クロード・アルトー
出演:マリナ・ハンズ、ジャン=ルイ・クロック、イポリット・ジラルド、エレーヌ・アレクサンドリディス

b0189364_19561222.jpg原作を活かしながらも
別の風味で仕立て上げた


 フランス版の『チャタレイ夫人』。そのため登場人物は皆フランス語を話す。原作のテーマである階級の問題がほとんど問題視されていないのは、いかにもフランス的である。この作品では、不倫の恋愛のみにテーマを絞っている感じで、そのあたりはあまりブレがない。
 この映画の魅力は、なんと言っても映像の美しさ、自然の表現である。主人公のチャタレイ夫人、コニーが森番のバーキンと逢い引きするために森の小屋に赴くシーンで、森の自然がこれでもかという具合に描写される。登場人物たちも自然の中の人間として描かれているかのようである。ストーリーよりも映像を重視した、「映像詩」と言っても良いような構成で、そのためか各シーンは断片的に表現され、ブラックアウトでつなぐというスタイルが貫かれている。説明が足りない部分は、サイレント映画を彷彿させる字幕と控え目なナレーションによって語られる。そういった効果もあり、全体に渡って非常に詩的な印象を受ける。
 『チャタレイ』お約束の性描写もあり、割合赤裸々ではあるが、恋愛映画の1シーンというレベルで描写されるため、どぎつさはほとんど感じない。男の性器が映り、それについてコニーがコメントするシーンなんかもあってリアルであるが、日本版DVDでは当然のことながら性器の部分は塗りつぶされて隠されている。はなはだ野暮な処置である。
 キャスティングもはまっており、どの俳優も好演している。またどのシーンも魅力的だが、中でも雨のシーンは印象的で、この映画のハイライトと言って良い。撮影以外にも美術や衣装も美しく、こんな森や山小屋が近くにあったらなと思わせるような魅力が漂っている。今回見るのは二度目だったが、前回同様とても心地良さを感じた。不倫テーマにつきまとうようなざわついた感じはあまりなく、あくまで恋愛映画にとどまっているのは製作者たちの見識の高さゆえではないかと思う。
2006年セザール賞作品賞、主演女優賞、脚色賞、撮影賞、衣装デザイン賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)(ドラマ)』
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(2015年ドラマ版)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2017-06-14 06:55 | 映画

『チャタレイ夫人の恋人(2015年ドラマ版)』(ドラマ)

チャタレイ夫人の恋人(2015年ドラマ版)(2015年・英)
監督:ジェド・マーキュリオ
原作:D・H・ロレンス
出演:ホリデイ・グレインジャー、リチャード・マッデン、ジェームズ・ノートン、ジョディ・カマー

『チャタレイ』映像化の悪い例

b0189364_19445856.jpg BBCが20年ぶりに製作した『チャタレイ夫人の恋人』。しかし前作と比べると、炭酸が抜けたビールのような、なんとも物足りない中途半端な作になっている。
 まず登場人物が中途半端である。チャタレイ夫人コニーの夫、つまりクリフォードが結構善人で、これだとコニーの行為が正当化できない。ただの裏切り不倫話になってしまい、そのために後味も悪い。しかもコニーの相手の森番、オリバーも、間男のくせしてクリフォードに対してはなはだ身勝手な振る舞いに及ぶ。そのため、この2人に対してまったく共感できない。彼らに対して自分の立ち場がわかっているのかとさえ思う。クリフォードの介護に当たっているボルトン夫人もクリフォードに対して非常に身勝手につらく当たる。こうしてみると、まったくクリフォードが浮かばれない。不倫話なんだから、むしろ背徳感などを入れて、それなりのリアリティを持たせたいところで、ましてや寝取られた方(クリフォード)に救い(あるいは「当然の報い」のような印象)がなければ、話として成立しないんじゃないかと思う。それから、コニーとオリバーが接近するあたりの描写もまたぞんざいで、まったくリアリティが感じられず、男女の機微の面白さがないのも大きなマイナス・ポイントである。恋愛ドラマとしても見るに堪えないレベルである。
 キャストは、オリバー役のリチャード・マッデン、クリフォード役のジェームズ・ノートンとも結構なイケメンで、そのくせコニー役のホリデイ・グレインジャーは野暮ったくてまったく冴えない。こういったキャストを見ると、女性向けに作ったドラマなのかと穿った目で見てしまう。
 『チャタレイ夫人』と言えば「大胆な性描写」が話題になるんだが、そういったシーンもほぼ皆無であった。非常にソフトで、一般映画のちょっとしたラブシーンなみ。これが『チャタレイ』なのかと言いたくなるような代物である。内容も薄っぺらい上、性格描写がデタラメで、明確な主張もなく、このドラマで何が言いたいのかわからないという類の作品である。同じ原作でも作り手によってこんなに変わるものかという思いを新たにした次第である。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)(ドラマ)』
竹林軒出張所『レディ・チャタレー(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-12 06:44 | 映画

『チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)』(ドラマ)

チャタレイ夫人の恋人(1993年ドラマ版)(1993年・英)
監督:ケン・ラッセル
原作:D・H・ロレンス
脚本:マイケル・ハジャッグ、ケン・ラッセル
出演:ジョエリー・リチャードソン、ショーン・ビーン、ジェームズ・ウィルビー、シャーリー・アン・フィールド

b0189364_20164243.jpgBBC製作の「官能大作」

 D・H・ロレンスの問題作『チャタレイ夫人の恋人』を全4回のドラマに仕立てたもの。これはいわゆる「オリジナル完全版」で、劇場公開用に半分くらいに短縮したバージョンもある。
 『チャタレイ夫人の恋人』と言えば大胆な性描写が有名で、本国英国でも出版は永らく見合わせられていたらしい。本邦でも伊藤整の翻訳が発禁処分になって、裁判でその正否が争われることになったのは有名な話(いわゆる「チャタレー裁判」)。もっとも性的な表現については時代を経るに従って多くの国ですっかり解禁されてしまったため、少なくとも文学の世界では、今となってはどこが問題なのかわからないくらいの表現である。猥褻裁判のバカバカしさが時代を経て明らかになったというわけ。
 『チャタレイ夫人の恋人』について言えば、性描写ばかりが脚光を浴びているが、実際には英国の階級問題についても鋭く追究している書であるため、文学的価値は今でも存続している。ただしドラマや映画で取り上げられる場合はどうしても「官能大作」みたいな扱いになるのは致し方ないところ。
 このドラマ版『チャタレイ夫人』は、元々どういう形態で放送されたかわからないが、天下のBBCが製作したもので、原作をかなり忠実にドラマ化しているらしい。原作を読んでいないのでどの辺まで忠実かはよくわからないが、前に見た『レディ・チャタレー』とは若干印象が違う。『レディ・チャタレー』の方は詩的な描写が多く、それがあの映画を優れものにしていたが、こちらのドラマ版はもう少し即物的で、そのせいかあまり面白味は感じなかった。原作をよく活かしていたとは思う。目を引いたのは、チャタレイ夫人、コニー役のジョエリー・リチャードソンという女優(僕は全然知らなかったが結構売れている人らしい)。この女優が、ちょっとラファエル前派の絵画みたいな風貌で、大変魅力的であった。また森を駆けるシーンなんかも、ちょっと無邪気な感じで可愛いコニーを好演していた。
 他の部分では階級問題の描写がなかなかよくできていて、このテーマの追究という点では一定の成果を上げている。1時間ドラマ×4回で、しかも官能描写がところどころ織り交ぜられているので、見ていてそれほど苦にはなることはないが、全部続けて見るとなると(正味215分)疲れてきて若干の退屈さを感じるんじゃないかとは思う。全編、正攻法な表現ではあるが、少しありきたりかなとも感じる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『レディ・チャタレー(映画)』
竹林軒出張所『チャタレイ夫人の恋人(2015年ドラマ版)(ドラマ)』
竹林軒出張所『裁判百年史ものがたり(本)』
竹林軒出張所『氾濫(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-10 07:15 | 映画

『マルコヴィッチの穴』(映画)

マルコヴィッチの穴(1999年・米)
監督:スパイク・ジョーンズ
脚本:チャーリー・カウフマン
出演:ジョン・キューザック、キャメロン・ディアス、キャサリン・キーナー、ジョン・マルコヴィッチ、チャーリー・シーン、オーソン・ビーン、メアリー・ケイ・プレイス、ブラッド・ピット、ショーン・ペン

高い完成度で不条理を極めた映画

b0189364_18491558.jpg 実に不条理なストーリーで、その奇抜さに目を奪われる。
 主人公が人形遣いで、家にチンパンジーをはじめとするさまざまな動物たちを飼っている(妻がペットショップに勤めているため)という背景もかなり異色だが、あるビルに7 1/2階というものがあり、その階の壁に穴があいていて、その穴が俳優のジョン・マルコヴィッチの脳内に繋がっているというかなり奇天烈な設定がそれ以上に異色である。だがそのあたりの描写にまったく無理がないため、ごく自然にこの不条理な世界に引きずり込まれていく。こういう世界観を1本の映画として仕立てあげたスタッフに脱帽である。
 繋がっている先がなぜジョン・マルコヴィッチの脳内なのかよくわからないが、ジョン・マルコヴィッチは舞台を中心に活躍する性格俳優で、日本で言うと橋爪功とか故・戸浦六宏あたりが近いか。ちょっと悪ノリみたいなストーリーではあるが、ジョン・マルコヴィッチが淡々と本人役を演じていて、そのあたりがまず驚きである。しかもマルコヴィッチ周辺の人物(実際にそうなのかはわからないが)として、チャーリー・シーンなんかが実名で出てきたりもして、現実とフィクションの境界をかなり薄くする役割を果たしている。他にもブラッド・ピットやショーン・ペンが本人役でチラッと出てくる。内容もさることながら、こういう役者の使い方もやや不条理な感じがする。監督が役者もやっているスパイク・ジョーンズだから彼らの友情出演を実現できたのかはわからないが、とにかく映画としては、こういう(一見)訳のわからない世界がしっかりまとめ上げられていて、非常に完成度が高いと言える。
 今回、『レ・ミゼラブル』で爬虫類的なしつこさを持つ冷酷な登場人物を演じるマルコヴィッチに接したことがきっかけでこの映画を見たわけだが(今回で二度目)、あれだけの名優がよくもこんな類の映画に出たもんだと感心した次第。とにかくユニークな映画であった。
第56回ヴェネツィア国際映画祭国際批評家連盟賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『レ・ミゼラブル (1)〜(4)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2017-06-08 06:48 | 映画

『隊長ブーリバ』(映画)

隊長ブーリバ(1962年・米)
監督:J・リー・トンプソン
原作:ニコライ・ゴーゴリ
脚本:ウォルド・ソルト、カール・タンバーグ
出演:ユル・ブリンナー、トニー・カーティス、クリスティーネ・カウフマン、サム・ワナメイカー

b0189364_20554608.jpgちょっとオペラ的で
いたずらに壮大な映画


 16世紀の東ヨーロッパの話。ポーランドに領地を奪われたコサックが、臥薪嘗胆の思いでポーランドから領地を奪い返すことを誓う。コサックを率いるのはタラス・ブーリバ(ユル・ブリンナー)だが、コサック内部での対立、息子(トニー・カーティス)とポーランド人女性(クリスティーネ・カウフマン)との恋愛など、さまざまな要素が絡んで、壮大なストーリーへと発展していく……という、まあそんな映画である。
 ちなみに原作はゴーゴリで、『タラス・ブーリバ』というタイトルの楽曲もあり(ヤナーチェク作曲)、そちらも割合有名である(僕はそちらで「タラス・ブーリバ」の名前を聞いたことがあった)。
 ストーリーはやや荒唐無稽かつご都合主義的、浪漫主義的で、さらに言えば民族主義的でもあるが、ブーリバの息子たちが大勢のポーランド人に追跡されたり、あるいは壮大な合戦シーンがあったりと、それなりに楽しませる趣向になっているのはハリウッド映画的と言える。ただし甘ったるい恋愛シーンなどは、余計なように思えるし、後半特に、一気にクライマックスまで進みたいところで展開がやや停滞気味になってしまったのもあまりいただけない。見るのに飽きてしまった。もっとも飽きてしまうのは後半だけでなく、僕にとっては全般的にあまり熱中できないというタイプの映画だった。
 この映画の魅力はユル・ブリンナー演ずるブーリバのスケールの大きさで、野蛮人的な粗暴さがあるが、非常に魅力的でもある。息子とたわむれて格闘するシーンは(ハリウッド映画によく出てくる)西部の男を思わせるし、息子を侮辱した男と息子に命がけのチキンレースをさせるなど(『理由なき反抗』を彷彿させる)というのも、案外ハリウッド映画の理想的父親像を再現しているのかも知れない。そういうブーリバに魅力を感じ、ブーリバをもっと見たいと感じていたところで、息子のベタベタした恋愛シーンなどをダラダラと見せられると少々イラッとしたりするわけだ。いろんな人が楽しめるようにというサービス精神なんだろうが、シンプルに野卑な男たちの話で良かったんじゃないかとも思う。それからコサックが宴会に興じて唄ったり踊ったりというシーンも散りばめられていたが、これも不要だと感じる。MGM製の映画であるため、サービスのつもりでミュージカル的な要素を入れたんだろうが、むしろ進行の邪魔になっているとさえ感じた。何度も言うが男のドラマにしてほしかったところである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ナバロンの要塞(映画)』
竹林軒出張所『十戒(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-06 06:55 | 映画

『武満徹・音楽創造への旅』(本)

b0189364_22293568.jpg武満徹・音楽創造への旅
立花隆著
文藝春秋

死んだ作曲家の残したものは

 雑誌『文學界』に6年近く連載された「武満徹・音楽創造への旅」をまとめたもの。立花隆が作曲家、武満徹とその周囲の人にインタビューを敢行し、武満徹の人間、作品、哲学などに迫ろうという試みである。中でも武満本人には、連載前に30時間、連載開始後も30時間以上インタビューしているということで、かなりの力作であることがわかる。しかも、何と連載中に武満が逝去する(1996年2月)という「事件」まで起き、武満にとっては、このインタビューが自身について語る最後の機会になった可能性が高い。ちなみに武満逝去後も連載は続き、もちろん新しくインタビューすることはできないわけだが、過去のインタビューでそれまで使われていなかったものを取り上げるなどして、連載はその後2年以上も継続することになった。本書ではIの部分が逝去前、IIの部分が逝去後というふうな構成でまとめられている。
 僕自身、立花隆の著書は80年代によく読んでおり、『宇宙からの帰還』『中核VS革マル』は非常に印象深かった。その後の『脳死』あたりからだんだん面白さがなくなってきて、それ以降はあまり読まなくなった。立花隆の印象は、とにかくインタビューがうまい、またそれをまとめるのもうまいというもので、インタビューものは秀逸である。それを考えると、1人の作曲家に対して立花がこれだけ時間をかけてインタビューしたというだけで十分期待が持てる。事実、期待に違わない素晴らしい仕上がりで、それは一つには立花隆自体が武満徹に心酔していたということも原因として挙げられる。武満に対する興味が尽きないことが窺われるし、武満もそれに対して十二分に応えている。そのおかげで、一人の(魅力ある)人間の来し方、考え方などが一冊の本にまとめられ、その中でその人間が生き続けているかのような大著が生まれることになったわけだ。武満徹の本としては、あるいは1人の人間の伝記本としても、これ以上は望むべくもないという孤高の一冊に結実したと言える。
 何よりも武満徹の魅力が存分に描き出され、若い頃は無頼の生活を送っていたとか、想像を絶するほどの困窮を極めていたとか、これまでの武満像を打ち砕いてくれるようなエピソードも満載である。一番驚いたのは、武満が音楽家になることを決意した時点で楽譜をまったく読めなかったという話で、ほとんど独学で音楽の理論を勉強したというのも驚きである。ピアノも当然持っておらず、道を歩いていてピアノの音が聞こえてきたら、その家を訪ねピアノを弾かしてくれるようお願いしていたなどという話は、驚きを通り越して面白すぎるくらいである。しかも若い頃は病弱で、死ぬ前に1曲ぐらいちゃんとした楽曲を書いておきたいという熱意で曲を作るが、できあがった先から原稿をどんどん捨てていくという話も、あまりに意外すぎる。無頼にもほどがあるというものである。僕自身が、武満徹について、子どもの時分から音楽の英才教育を受けたようなブルジョア家庭の育ちだとばかり思い込んでいたので、その意外さたるや推して知るべしである。いやそれ以前に、音楽の基礎知識もなく作曲家になろうとした、そして実際になったというのがまず不思議だ。そんなことが現実に可能なのかと思う。これが本当であれば(本当なんだろうが)、人間には運命というものがあるのかとも感じる。武満徹はなるべくして作曲家になったということなのだ。そして実際に素晴らしい仕事をやってのけた。だが本人にしてみれば、ほとんどの作が恥ずかしいほどダメだという。このあたりもまことに意外で、とにかくものすごく不思議な人である。
 そうかと思えば、世界中のさまざまな分野の人と非常に広い交友関係があり、現代音楽のメシアン、ベリオ、ジョン・ケージ、現代美術のジャスパー・ジョーンズなどとかなり親密に付き合っていることがわかる。しかもイサム・ノグチから夢窓疎石のことを教わったりもしている。当然国内の美術界、音楽界にも実に広い交友関係があり、武満徹の魅力がそうさせているのかわからないが、どの人とも気負いなく付き合っていることが見えてくる。
 武満徹は、もちろん現代音楽で有名なんだが、その他の分野でも幅広く作曲活動を行っており、その範囲は映画音楽、雅楽、ポップスと非常に多岐に渡る。自身が聞く音楽も非常に多岐に渡っていたようで、ポップス、雅楽、民族音楽、歌謡曲などありとあらゆる音楽に関心を示していたらしい。その割にはブラームスやフォーレをあまり聞いていなかったりもしている(あらためて聴いてみて非常に感動した……という話。なんだか不思議だが)。また他のところで聞いた話だが、なんでもビートルズが大変好きで、ポール・マッカートニーにファンレターを書いたとかいう話もある。とにかく不思議な人なんである。
 音楽に対してもいろいろ突き詰めて考えており、特に西洋音楽と日本の音楽、東洋の音楽などについての彼なりのさまざまな哲学が展開される。中には本人の作品に直結しているものもあり、音楽を通じた思想家という表現もあてはまるかも知れない。そういうことがわかるのもこれだけのインタビューが行われたゆえであり、1冊の本が人物像を明確に浮かび上がらせる役割を果たしているというのが、この本に対する実感である。肉体がなくなった後でも、これだけの記録が残るのは一人の人間にとって光栄なことではないかと思う。もちろん武満徹の場合は音楽の作品が多数残されていて、今でも彼の評価は衰えることがないが、武満徹という魅力的な人間がこの一冊の中で蘇ることで、その生涯自体が一つの芸術作品のようにも思えるのである。それを実現した名著がこれで、立花隆にとっても最高傑作の一冊と言えるのではないかと思う。
★★★★

参考:
竹林軒『CDレビュー 武満徹の愛した小品』
竹林軒出張所『武満徹の「うた」』
竹林軒出張所『マエストロ・オザワ 80歳コンサート(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『さわり(本)』
竹林軒出張所『他人の顔(映画)』

# by chikurinken | 2017-06-04 07:29 |

『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(本)

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧
エマニュエル・トッド著、 堀茂樹訳
文春新書

分析はトッドらしく興味深いが
例によってきわめて読みづらい翻訳文だ


b0189364_20285391.jpg 2015年1月のシャルリ・エブド襲撃事件(竹林軒出張所『パリ戦慄の3日間 シャルリ・エブド襲撃事件(ドキュメンタリー)』を参照)の後、エマニュエル・トッドがフランスで緊急出版した著書の翻訳本。
 あの事件の後、フランス中でシャルリ・エブドを擁護する論調がわき起こり、それはもはやヒステリックな状態にまで達した。パリをはじめ、フランス全土でシャルリ・エブド擁護のデモ行進(いわゆる「私はシャルリ」)が行われ、それはさながらイスラム教に対するヒステリックな拒絶であるかのようであった。そしてその後しばらく、これに反対する言論がこれもまたヒステリックに叩かれるという状態が続き、ちょっとした全体主義的雰囲気になっていたという。自由の国フランスで起こったこういう事態に違和感を抱いた人々もいたようだが、発言しにくい雰囲気ができあがってしまった。
 そういうさなかに出版されたのが、「私はシャルリ」に対して批判的な論調を持つこの本で、案の定、大バッシングを受けたらしい。それでも内容は非常に分析的で、トッドらしくなかなか鋭い。集団ヒステリー状態の人々には、痛いところを突かれたのが耐えがたかったのかどうかはわからないが、示唆に富んだ内容であるのは確かである。
 要するに本書では、今回の現象について、フランス国内(他の国々でもそうだが)で進行している脱宗教(フランスの場合脱カトリック)の傾向のために精神的な拠り所を失った人々が、生活の拠り所の喪失(格差の拡大)と相まって、その敵意を外部にある宗教的なもの(つまりイスラム教)に向けていることの現れであると分析する。その公式は「宗教的空白+格差の拡大=外国人恐怖症」というもの。またさらに興味深かったのが、現在ヨーロッパで頻発しているテロ行為、あるいはISの活動自体も、ヨーロッパの場合と同様、脱宗教(脱イスラム教)の結果発生したのだという分析である。したがってテロ行為をイスラム教のせいにするのはまったくのお門違いだと著者はいう。世界中で、脱宗教が進んだせいで起こっている混乱と、グローバリズムによって広がった格差が、現在の種々の問題を生み出す原因になっているとする。こういうことを統計を駆使して論証していくのがこの本で、内容は非常に濃い。だがしかし、例によって翻訳が非常に拙いため、読みづらくて仕方がない。おかげで内容については半分くらいしか理解できていない。とは言っても、本書の分析は決して浅はかなものではなく、さまざまな事象に対して別の角度から次々と新しい見方を提示してくるのはいかにもトッドらしい。決してないがしろにできない性質を持つ本である。だがやはり、翻訳がこれじゃあね……という感じを毎度持つのだ。もう少しだけでも、読みやすい日本語にできないものだろうかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『パリ戦慄の3日間 シャルリ・エブド襲撃事件(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
竹林軒出張所『問題は英国ではない、EUなのだ(本)』
竹林軒出張所『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告(本)』
竹林軒出張所『エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『E・トッドが語るトランプショック(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-06-02 07:28 |