金正日 隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く
萩原遼著
文藝春秋

「米朝核対決」、「300万人の大量餓死」、「金日成の死」を、金正日の3つの戦争と定義づけ、それについて綿密な取材に基づき解説する本。著者は、かつて『赤旗』の特派員として北朝鮮に滞在していた(その後強制退去)ジャーナリストで、その後大量の文献にあたりながら北朝鮮を研究してきた人。
本書の内容は非常にセンセーショナルで驚きの連続であるが、どれも整合性がとれているようには思える。ただし、北朝鮮独自の秘密性のために明確な確証がとれていない部分も多い。そのため多くの事項について断定は避けられているが、しかしそれぞれの事項については、一定の裏付けがある。
で、その内容だが、事の発端は1989年のルーマニア革命にある。北朝鮮と非常に良く似た立場にあったルーマニアで、独裁者チャウシェスクが処刑される。それに恐怖した金正日は、あらゆる方法で北朝鮮の体制を維持しなければならないと悟る。その結果、国内の現体制を維持するために、外敵としてのアメリカを喧伝することで核戦争勃発間近であるかのような状態を演出する。それが北朝鮮の核開発疑惑周辺の出来事であり、米朝核対決(1994年頃)と呼ばれる状態である。この結果、最終的にアメリカの譲歩を引き出し、結局原子力発電所(原子炉)2基をせしめることになる。結果的に国内の結束を固める(反体制分子の弾圧)とともに、戦時状態を演出することで国内の飢餓状態を国民に承認させることに成功する。しかもさらなる核開発(言ってみれば北朝鮮の外交カードの切り札)のための原子炉まで手に入れることになった。
一方で、北朝鮮国内の飢饉に際して、金正日は、北部の被差別地帯(咸鏡南北道)への食糧供給を停止し、一部地域のみ飢餓を推進させる。著者によるとこの地域は敵対階層が多く住む地域であるための処置で、反体制分子の弾圧という側面があるという。だがその際、政治の最前列から身を引いていた金日成は、飢餓をなくすことこそ政策の第一に挙げるべきとして金正日と対立するようになる。
金日成は、アメリカから提供を受けるべきは原子力発電所ではなく(即効性のある)火力発電所であり、そうすることで国内産業の健全化、農業の振興を図り、飢餓状態を脱却させることが必要であると主張する。そのために再び政治の最前列に復帰して陣頭指揮を執り、アメリカと直接交渉に当たることになる。ところが、交渉日の数日前に、突然死(謎の死)を迎えるのである。結果的に、従来の原子炉供与の路線は変更されることなく、金正日の核外交依存政策は持続することになる。その後も国内の食糧不足を演出して食糧支援を受けながら、原子炉も受け取るという物乞外交を推進していく。
ただし、大量の食糧支援を受けならがも北部地域への食糧供給は相変わらず停止されているのである。こうして300万人の大量餓死が発生するのだが、その過程を追っていくと、政府による意図が見え隠れする……つまり、そのほとんどが金正日によって作られたジェノサイドであるというのである。
著者によると、各国による食糧支援は、支配階級に近い階層に分配することで体制強化に利用され、同時に換金して核開発やミサイル開発の資金として使っていたということで、当時の北朝鮮国内の食糧不足は実際には元々それほどひどいものではなかったという。こういった仮説を、さまざまなデータを提示しながら示していく。読んでいて説得力があるとは思うが、今まで聞いていた話とあまりに違うのでにわかに信じがたい部分もある。ただ、北朝鮮国内(特に北部)の惨状など、脱北者からこれまで伝わってきたさまざまな話とは整合がとれているのである。著者によると、周辺国の食料援助は、結局は北朝鮮の核武装を推進することに繋がっており、その核兵器は支援国自身に向けられているのであって、結果的に自国の安全保障を脅かす結果になっているという。こうして考えると、人道援助は結果的に非人道的な行為(大量の北朝鮮人民の餓死)にも利用されていたのだと言える。
本書で紹介されている事実はどれもセンセーショナルだが、荒唐無稽というわけではなく、それぞれを裏付けるデータも提示されていて説得力がある。にわかには判断できないが、しかし北朝鮮問題を考えるときの大きな指針として使うことができるのではないかと思う。
★★★☆